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ザ・ドリフターズ 加藤茶

ザ・ドリフターズ
ザ・ドリフターズ
ザ・ドリフターズ(The Drifters)は、日本の音楽バンドおよびコントグループである。1969年頃までバンドを主活動とし、それ以降は主としてコントグループとして活動した。通称はドリフ。1970年代から1980年代中頃を全盛期に、TBS系の『8時だョ!全員集合』やフジテレビ系の『ドリフ大爆笑』などのテレビ番組で活動した。現在は、グループで活動することはほとんどない。

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  1966年にはビートルズ日本公演の前座を務めた。
僅か1分15秒の出演時間ではあったが、前座用のステージではなく、ビートルズと同じメインステージで演奏した(ただし、加藤のドラムセットはリンゴのものとは隔離されていた)。
これをきっかけに、ドリフが注目されるようになる。
なお、加藤茶は、ビートルズの前座はしたものの、警備が厳しくビートルズのメンバーには会えなかったと語っているが、いかりやは自著で(ドリフ側が)舞台から退場するときにすれ違ったと記している。
その際、ポールのベースがいかりやのベースにぶつかり疵は付かなかったものの激昂。
何も言うことができずにいたが、後に「疵が付いて欲しかった」と話した。
1970年に「第12回日本レコード大賞大衆賞」を受賞し、同年「ドリフのズンドコ節」で「第1回日本歌謡大賞放送音楽賞」をそれぞれ受賞している。
彼らの「ズンドコ節」は、1969年11月1日発売、オリコン最高位2位、売り上げ枚数115万枚以上という、大ヒットを記録。
他にも、数十万枚のシングルヒット、または10位以内にランクインした曲は4-5はある。
その1970年には、他の民放などでもいくつかの賞を受賞をする。
この年の『第21回NHK紅白歌合戦』に出場が内定していたが、加藤茶の交通事故により出場を辞退した。
後述の通り、新生ドリフになった後は、グループの活動はお笑いが中心となったため、音楽とはほど遠い存在になったが、音楽活動は各メンバーごとに継続されており、全く音楽活動を休止してしまったわけではなかった。
これは、高木ブーが日本屈指のウクレレ奏者であることや、CMでいかりや長介がウッドベースを披露したり、加藤茶がドラマーの実力をたびたび番組内で披露していることからもわかることである。
また90年代以降は、加藤、仲本、高木が『こぶ茶バンド』を結成する形でバンド活動を再開している。
志村が正式メンバーになる前後でチームの笑いのパターンは変化している。
ドリフ再結成直後は高木ブーを中心にした笑いだったが、すぐに加藤茶を中心としたコントに変更され、のっぽ(権力者役のいかりや)、でぶ(無芸大食の高木)、めがね(風見鶏、インテリ役の仲本工事)、はげ(ふてぶてしいおじさん役の荒井)、ちび(いじめられ役の加藤)という、吹き溜まりの集団内での人間関係というチームワークで、加藤がオチを取っていた。
それと同時に「いかりやから加藤を中心として4人共にいじめられながらも表向きは従い、機会を見ては権力者であるいかりやに前述のキャラクターを生かしたそれぞれの方法で時には共謀して歯向かい、形勢がいかりやに戻るとその4人がそれぞれの個性をもった方法でばらばらになり、要領の悪いメンバー(加藤)だけがバレて犠牲になる」といった社会的な縮図を指摘する者もいる。
時折、加藤といかりやとの権力争いの結果、リーダーの座が逆転したり始めから加藤がリーダーとなるパターンもあった。
また、音楽の要素を残し、笑いに取り入れている時代でもあった。
2代目リーダー。
ギター、ボーカル担当。
岸部リーダー時のメンバーの大半が脱退後、脱退しなかった小野ヤスシ、新加入のポン青木を誘って3人で解散寸前のドリフターズを再結成させる。
ドリフをロカビリー→ロックバンドからコミックバンドに転向させる際、桜井はコミックに精通していなかったためジミー時田とマウンテンプレイボーイズより碇矢長一をヘットハンティング。
一般的に知られている5人のメンバーになったドリフメンバーの中では、いかりやと加藤のみが桜井リーダー時のメンバーとして在籍(荒井・高木、仲本の3人も居るには居たが、3人は桜井がオーナーの立場になってからの加入)した。
1964年秋リーダーの座を正式にいかりやに譲り、1965年ドリフの管理を渡辺プロへ譲渡し脱退。
フジテレビ系バラエティ番組『ウチくる!?』の2001年10月7日放送分において、加藤茶がゲスト出演した際に、加藤の芸能界の恩師として登場したことがある。
来日公演の際にドリフが前座をつとめた。
演奏曲は「ロング・トール・サリー」。
6/30夜公演、7/1昼公演ともに映像が残されている。
当時テレビでドリフの演奏が見られることはなかったが、近年になり日本テレビ番組『いつみても波瀾万丈』に加藤茶、高木ブーが出演した際にその一部が放映されついに日の目を見た。
以下、雑誌「ミュージックライフ」、いかりや長介著「だめだこりゃ」、高木ブー著「第5の男」、および加藤茶の証言などを基に極力矛盾が少なくなるように整合させた、いかりやが正式リーダーになるまでの経緯を紹介する。
なお、新生ドリフ結成の解釈には、おなじみ5人のメンバーが揃った時と渡辺プロ移籍時の2通りがあるが、本記事ではイザワオフィスの公式発表に従い後者とする。
オリジナルは平尾昌晃の歌。
後年加藤茶が別バージョン「ラップミヨちゃん」を発表。
2017/5/22(月)
   
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