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なかやま えみり
中山エミリ

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  父方の祖先イングロット家は17世紀までイギリスのノリッジに暮らしていたカトリック系の一族で、18世紀初頭に(当時カトリックのマルタ騎士団が治めていた)マルタ島へ移住NHK『ファミリーヒストリー 中山エミリ〜ルーツは地中海・マルタ島 日本への帰化』2015年7月24日放送 エミリの曾祖父ロジャー・ジュリアス・イングロット(1871-1950)は医者の息子(12兄弟の末子)としてマルタで生まれ、マルタ大学卒業後、両親の死をきっかけにオーストラリアへ移住する途上のボンベイで、日本なら英語教師の職があると聞き、1896年に来日 カトリック築地教会を通じて英語教師として働く中、創立間もない鹿児島県尋常中学造士館(のち七高、現鹿児島大学)の英語教師に誘われ、1897年から3年間働き1900年に帰国、1903年に再来日し、岡山の関西中学校、岡山商業学校(現岡山県立岡山東商業高等学校)で英語を教える。
松江の塩問屋の娘で岡山の女学校に通っていた中山安乃と1907年に結婚(ロジャー36歳、安乃16歳)、一女三男をもうける。
鹿児島や奈良などで教えたのち、1929年より舞鶴の海軍機関学校の英語教師として10年間働き、その功により1939年に勲四等瑞宝章を受ける。
エミリの祖父ジョージ(1915-1994)はその三男として日本で生まれ育ち、鹿児島中学から第一早稲田高等学院理科(現早稲田大学理工学部)に進学、1940年英国籍から日本へ帰化して中山蒸治と改名、1942年に大学卒業後満州電信電話株式会社の技師となり、戦後は銀座の電気機器メーカーで働いた。
ジョージの長兄ウィリアム(緒方英穂)は、鹿児島一中から七高、京都大学へ進学『郷土人系』南九州新聞社 (1969年) 、父親と共著『英語同音異義語辞典』もある。
その子緒方登摩は洛星、愛知大学の元教員。
次兄エドワードは鹿児島二中から電気を専攻し東京で貿易業に携わった。
2017/7/19(水)
   
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