桂小五郎が昼食を!
木戸孝允公御中食処の特徴
明治10年に桂小五郎が昼食を取ったという歴史がある場所です。
木戸孝允と長州藩士が訪れた民家脇の石碑があります。
歴史的な出来事を感じられる趣ある史跡です。
明治10年2月8日に桂小五郎はここで昼飯を食ってます。5月26日に京都で亡くなっています。病死とありますが何の病気だったのか。天皇の見舞いを受けています。満43歳没。西南戦争が2月に始まったといいますからすぐに東京を発ったんでしょうか。
| 名前 |
木戸孝允公御中食処 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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民家の脇に立つ石碑で、石碑によると明治10年2月8日に明治政府の中心人物の木戸孝允が同じ長州藩士の作間一介達と昼食を取ったようです。昼食というよりは政治的な会談でしょう。石碑に刻まれた日の10日後に日本最後の内戦西南戦争が鹿児島で勃発していますから。京都市内からわざわざ南下して、ここで話さないといけないような内容は一体なんだったのでしょう。高校生のころ司馬遼太郎の「翔ぶがごとく」を愛読していた自分はとても気になったところです。