関大明神社で歴史を感じる。
関大明神社の特徴
山崎関所跡地に位置する小さな神社です。
奈良時代から続く歴史的な場所になっています。
民家の前には芭蕉句碑が建っている独特な景観です。
大阪三島町、西国街道京都大山崎から大阪に入るとある神社。
御祭神 大己貴命、天児屋根命、(または)大智明神交通の要衝として、関所が設置、名前の由来として残っています。元々は摂津國から山城國へ悪霊の侵入を防ぐ道祖神としてお祀りされたと考えられます。かつては、畿内十二処疫神祭が行なわれたようです。
京都と大阪の境界線半ば地元民なのに 知らなかったですお社は工事中で 御賽銭入れられず 回れ右しちゃいましたwww(^o^;)
西国街道沿いの、京都府と大阪府の境界である本当に小さな流れの横に、鎮座しています。
○京都府と大阪府の府境に建つ小社です。○狭い社地の東側に沿って流れる幅50cmほどの水路が京都・大阪府境となっています。(自然物、人工物が境となる条件を満たしています。)○「関」は、西国街道(山崎通=山陽道)を行き交う旅人の通行を制限する「関所」が設けられていたことを示しています。○この社は、どうやら「春日神(天児屋命)」を祀っているようです。○ここは、本来は「離宮八幡宮」の社地の一角でした。畿内の灯明の油の製造と流通を牛耳り、繁栄していたのですが。明治維新の時の「戊辰戦争」の「鳥羽伏見の戦い」に巻き込まれてこのあたり一帯と共に離宮八幡宮が焼亡してしまいました。勢いが衰えたところに明治政府が強引に東海道線を旧本殿の敷地に通し、社領の旧山崎村を分割したわけなのです。(西の水無瀬川が境であったもようです。)ですから、大阪府島本町と京都府大山崎町は一つの町ということになります。今でも、島本町の郵便番号と市外電話局番は、大山崎町のものを使用しています。大阪府高槻市のものとは全く違っています。
奈良時代まではここに山崎関所ごあり、平安時代以降は旅をする平家一門や菅原道真など官人の宿地使われていたとの事。
府境に建つ関大明神。創建不詳も室町中期との説も。境内の片隅に十禅師宮が小さく祀られている。近江・日吉大社では十禅師社が今は樹下社になっている。府境が傍らを流れる小溝なんだけど、昔はきれいな流れで旅人の喉を潤したのか?樹下社は水と切っても切れない。
お堂だけの小さな神社。古代の関所「山崎関」跡と言われているから、千何百年前から重要な場所だったようだ。ただその場所に神社としていつ頃創建されたのかなどは不明。歴史的な価値があるのかもしれないが、あまりにもボロボロで誰も見向きもしない。少し可哀想な神社だ。
大阪府島本町山崎の民家の前に芭蕉句碑が建っている。ありがたき姿おがまむ杜若大阪府と京都府の境にある〔関戸明神〕の前の〔西国街道〕を少し西に行ったところ。
| 名前 |
関大明神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
075-961-0046 |
| HP |
https://www.osaka-jinjacho.jp/funai_jinja/dai2shibu/shimamoto-cho/t64.html |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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関大明神社は、静かで落ち着いた雰囲気の神社です。参道や境内の空気が清々しく、散策にもぴったり。歴史ある佇まいと緑に囲まれた空間が心地よく、ふらっと立ち寄るのにもおすすめです。地元の方や観光で訪れる人にも好印象でした。