大木の森に囲まれた天皇陵。
光明天皇・崇光天皇 大光明寺陵の特徴
住宅街に紛れる静かな天皇のお墓、光明天皇と崇光天皇の陵です。
美しい環境が魅力的な治仁王(後伏見天皇)の墓もご覧いただけます。
北朝の歴史を感じられる貴重な史跡が、ここにあります。
参道が地味に長い陵墓です。光明天皇、崇光天皇と北朝の天皇2人と伏見宮第二代の治仁王が葬られています。因みに治仁王は後伏見天皇玄孫とありますが崇光天皇の孫でもあります。木々が鬱蒼としており拝所より奥は何も見えないです。JR桃山駅から徒歩6分ほどで着くので、電車の待ち時間にどうぞ。
大木の森に囲まれている。正面の階段はしんどい。散歩するのにうってつけ。近くに伏見城もある。
キツネがいました!(驚)
今はお墓だけど昔は指月城や大光明寺があったらしい。宮内庁が管理しているだけあって手入れが行き届いています。当たり前ですが陵の中には入れません。東側が宅地で西側は廃墟団地で廃墟団地を眺めるのに良き場所。天皇陵なのにこじんまりして居ます。
住宅街に有りますv(・∀・*)
綺麗なお墓でした。
北朝2代の光明天皇と北朝3代の崇光天皇の陵墓、治仁王(後伏見天皇皇孫)の墓が存在します。長い参道が特徴的で両陵墓とも堀が巡っています。陵形は円丘で、宮内庁書陵部の陵墓地形図集成によると面積は12942.36㎡と記されています。
北朝の、光明、崇光天皇の御陵です。松並木の参道が真っ直ぐに延びています。当時、足利氏(北朝)と後醍醐天皇(南朝)は争っていました。しかし皇室の象徴たる三種の神器は後醍醐天皇が持っていた為、足利氏は新たに天皇を擁立(北朝)し争いは激化しました。そんな中、光明、崇光天皇は、崩御され大光明寺陵に葬られたとされていますが、今、鳥居が建っている場所が大光明寺陵かどうかは知る由もありません。
| 名前 |
光明天皇・崇光天皇 大光明寺陵 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/cmsfiles/contents/0000120/120267/09.pdf |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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京都市伏見区桃山町泰長老にある北朝の天皇陵。南北朝時代の北朝第二代光明天皇、第三代崇光天皇、伏見宮家第二代当主治仁王が被葬されている陵です。後醍醐天皇と対立した足利尊氏と手を組み北朝の初代天皇となった光厳天皇が譲位して即位したのが弟の光明天皇、その後光明天皇が譲位し即位したのが光厳天皇の皇子だった崇光天皇。この頃に譲位していたはずの後醍醐上皇が大和国吉野に逃れ皇位の回復を宣言したことで朝廷が南北に分裂しました。伏見宮治仁王の伏見宮家は後に後花園天皇が即位したことで現在の皇統に繋がっています。陵はJR桃山駅の近くにあり長い参道の先にありました。