信長陣の北側、段々畑へ。
羽柴秀吉陣地跡の特徴
信長陣の北側から段々畑を登ると、位置に案内表示があります。
標高約146mの場所に建つ石碑には歴史が感じられます。
Googleのルートでは辿り着けないため、注意が必要です。
行き方は二通り。車で近づけるのは手前の道を左折。
徒歩推奨です。県道438号布里新城線の第二東海道高架下をくぐったところにある広い路肩か、県道沿いの陣跡看板を一旦通り過ぎ、右側にある公民館に駐車させてもらい、そこから徒歩で行くのがおすすめです。陣跡付近は車道というよりは棚田の畔です。Uターンをするスペースさえない路地や畔を軽自動車でギリギリ乗り付けて、ガードレールもない急下りの畔をバックで戻るしかありません。尚、眺望は林でほとんど遮られほとんどなく、信長の陣跡が見えるのみです。
信長陣のすぐ北側の山入口に案内表示があって段々畑を登ると石碑が建ってた標高約146m
ピントの位置はあってますが、Google通りのルートで行くと辿り着けないと思います。435号線を北に向かってピントを目指して行くと本陣に登れる入口があります。
| 名前 |
羽柴秀吉陣地跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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南の畑の畦道を通ってアクセスします。Googleマップのデフォルト版の表示よりも航空写真版に切り替えて頂いた方が分かりやすいです。高台にあるのですが、途中から道がかなり細くなるので徒歩で行くのが良いと思います。高台のさらに高いくなったところに説明板が建てられているだけですが、眺めは良く、当時は戦場が良く見えたのではないかなと思います。羽柴秀吉の陣の場所については「信長公記」で若干触れられており、それによると、設楽原は地形が1段くぼんでいるので、敵から見えないように織田軍は段々に3万人を配置した。先陣はその国の衆が務めるため、徳川家康が高松山に陣を敷いた。滝川一益・羽柴秀吉・丹羽長秀の3人は有海原に上り、東の武田勝頼の陣と向かい合った。漫画「センゴク」でこのスポットについて触れられており、羽柴軍がこの場所で旗鉾(はたほこ)を掲げたのを合図として、織田軍の鉄砲一斉射撃が始まります。その旗鉾から「はたぼこ」という地名につながったとしています。