鳥獣の石庭で癒やしのひと時。
正法寺の特徴
西国薬師四十九霊場第41番札所として信仰されるお寺です。
鳥獣の石庭では15種類の動物形の庭石を楽しめます。
桜満開の季節には美しい大原野の景色を堪能できます。
落ち着いた佇まいのお寺でした。紅葉は遅かったかなぁ。
京都府京都市西京区大原野にある正法寺(洛西): 真言宗東寺派の別格本山で、「鳥獣の庭」と呼ばれる石庭からは東山連峰と京都市内が一望できます。
正法寺は1191年(鎌倉・建久2年)に、鎌倉幕府御家人・高田蔵人忠国(たかだくろうどただくに)により、天台宗の寺として開かれました(室町時代に浄土宗に改宗)。忠国の次男・高田願阿円誓(がんあえんせい)が第1世(初代住職)となり、姓を「清水」の地名にちなんで「高田」から「志水」と改め、本寺は志水家の菩提寺となりました。正法寺の最初の隆盛を築いたのは、室町時代に住職となった第11世の伝誉上人(でんよしょうにん)です。伝誉上人は後奈良天皇の帰依(きえ:神仏や僧を信じてすがること)を受け、本寺は1546年(天文15年)に勅願寺(ちょくがんじ:天皇の命で国や皇室の安泰を祈願する寺のこと)に命じられました。
平日にお伺いしました。ほぼ貸切状態で三面千手観音、薬師如来、走り大黒天、鳥獣の石庭などなど満喫。それで拝観料はなんと300円。いやー、無茶苦茶よかったです。ぜひ行ってみてください。※写真の走り大黒は購入させて頂いた絵葉書を写したものです。お堂内は撮影禁止なのでご注意ください。
平日12時頃拝観。周りは田舎風景が広がり、静かで落ち着いた素晴らしい所です。時より吹く風が気持ちいい天平勝宝年間の創建です。特にあ薦めは庭園です✨境内には全体で六百トンに及ぶといわれる全国から集められた巨岩や名石があることが由来し、通称「石の寺」と呼ばれているそうです。庭園「宝生苑」は音羽山、千頭岳、稲荷山、醍醐山などの東山連峰を望む借景式山水庭園で、中央には紅枝垂桜があります。庭園にある石が、ぞう、ふくろう、しし、かえる、うさぎ、かめなど十六種の動物の形に似ていることから「鳥獣の石庭」とも呼ばれています。探しながら楽しむ事が出来ます😁ゆっくり腰を下ろして眺めるのも良いと思います✨他にも見所はいっぱいあります。駐車場は境内にあります。アクセスはホームページを参照。バスの本数が少ないです‼️
大原野神社の南にある真言宗東寺派の寺院。創建は古く、奈良時代の天平勝宝年間と伝わります。応仁の乱で焼失後、江戸時代初期に再興され、西山のお大師様として広く信仰を集めてきました。有料(300円)で拝観できる本堂には、本尊の三面千手観音像が祀られています。顔の両側に別の顔が二面配され、それぞれ過去と未来に目を配るという珍しい様式で、国の重要文化財に指定されています。本殿奥の室生殿からは、鳥獣の石庭で知られる庭園・室生園や、寺院に隣接する千原池が美しく眺められます。特に石庭の彼方に遠く京の街並みを望む光景は見ごたえがあります。他にも美しい襖絵が飾られた書院、彫刻の鶴が一幅の絵のように見える展示室など、思いのほか見どころが多く、あちらこちらと歩きまわって楽しむことができました。桜や紅葉の季節はとりわけ美しい風景が見られそうです。大原野神社参拝の際は、ぜひこちらのお寺にも立ち寄られることをお勧めします。
梅が咲いてるとのことで、寄ってみました。もう少しすれば、桜がきれいに咲くものと思われます。満開の時期は、かなり混み合うのではないかと思います。しかしながら、周辺は狭い道が多く、自家用車でのアクセスは注意が必要です。軽か小型車の方が、良いかと思います。近くには大原野神社があり、こちらには、有料ですが、整備された駐車場があります。
こちらに鎮座している石がみたくて行きました。銘石と言って過言ではない凄い石があります。たぶん紫雲石。石を含め特に庭が素晴しく楽しい時間でした。
大原野にある寺院です入山料300円が必要ですが,院内は美しく整備されています。特に,見晴らしの良い鳥獣の庭は見応えがあります。庭の中央に配された枝垂れ桜が満開のときは絶景になることでしょう。
| 名前 |
正法寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
075-331-0105 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
〒610-1153 京都府京都市西京区大原野南春日町1102 |
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法寿山正法寺(ほうじゅざんしょうぼうじ)といい真言宗東寺派のお寺で別格本山になり、御本尊は国の重要文化財に指定の「三面千手観世音菩薩」になります。律宗の開祖鑑真和上の高弟で唐から日本へ渡来した智威大徳が天平勝宝年間(782年~757年)に隠棲した春日禅房に始まるとされる。その後延暦年間(782年~806年)に伝教大師最澄が大原寺として寺院化させたと伝えられていて、弘仁年間(810年~824年)に弘法大師空海が入寺して御本尊の三面千手観世音菩薩を彫り上げたとされる。応仁の乱の戦火によって焼失したが元和元年(1615年)に僧東雲と僧微円の両律師が正法寺と寺名を改めて復興し大原野出身で徳川幕府第五代将軍徳川綱吉の生母「桂昌院」の帰依を得ると以後徳川家代々の祈願所となった。境内には全国各地から集められた合計約二百トンにも及ぶという様々な巨岩が並べられているため通称で「石の寺」と呼ばれています。