日蓮宗の息吹、関東三大檀林。
日蓮宗 妙高山 正法寺 (関東三大檀林/小西檀林)の特徴
日蓮宗57本山として位置付けられ、信仰が深い寺院です。
小西壇林跡地にある静かな雰囲気が漂うお寺です。
東金御殿の移築との伝承がある歴史的な建物です。
R7.3.2参拝 早朝でしたが、本堂に書置きが用意されており助かりました。御首題代を賽銭箱に入れてありがたく頂戴いたしました。御首題拝受。
関東三檀林巡りで、お参りしました🤗檀林があった頃は、敷地がずいぶん広かったんだねぇ☺️ここから900人以上の学僧が、巣だって行ったんだねぇ😅今は、無住職になって、往時を偲ばせるものは、ほとんど残ってないんだよねぇ😢ただ、当時の敷地内の配置図が掲げてあったけど、それで偲ぶしかないんだねぇ☺️講堂の前には、お参りした人達が記したノートが置いてあったけど、ずいぶん遠くから訪れているんだねぇ😵びっくりしちゃったよなぁ😉福島県とか宮城県からお参りした方々の芳名もあったんだよ😅びっくりだね😵
東金御殿の移築とされていますが、柱が現存と思います。各所にホゾ穴や、それをふさいだ痕があり、原形は留めていないようです。とは言え、柱の状態は良好で、大切にされてきたのだと思いました。
日蓮宗。大きいけど静かな雰囲気の寺。奥の階段から神社に繋がる階段がある。
1458年 小西城主:原胤継が、松戸の本土寺より日意を迎え、居館を提供し開山。1590年 日悟が檀林を開設、最盛期には学僧900人を擁する。酒井定隆の宗教政策:上総七里法華により、飯高檀林・中村檀林と並び称される。1671年 東金御殿が、4代将軍:徳川家綱により、講堂(本堂)として寄贈移築。1678年 家綱により、朱塗りの中門が寄進され、後西天皇の皇女:理宝筆の扁額が掛かる。玄関・屋根には、三つ葉葵の紋が見られる。宮谷檀林:本国寺から約2㎞、地理的にはかなり奥まった場所に位置し、のどかな雰囲気の中にある。駐車場もあり、ゆっくりと観賞出来ます。
白里町にある静かなお寺。広い敷地が きれいに手入れされていて 心和む場所でした。 もちろん御朱印もいただいて来ました。
妙高山 正法寺 (小西檀林跡)匝瑳市の飯高寺(飯高檀林跡)、多古町の日本寺(中村檀林跡)と並ぶ、かつて関東三大檀林だった日蓮宗本山のお寺で、最盛期には900人を越える学僧がいたそうです。こちらには飯高寺や日本寺の様な杜はなく開放的な境内です。明治6年の大火で大半の御堂を焼失してしまったそうで、徳川家所縁の東金鷹狩御殿から移した講堂(本堂)と中門や総門等が残っています。本堂の屋根等に葵の紋があったり、中門の扁額(後西天皇皇女 理寶の宮 筆)には菊の御紋を観ることが出来ます。いずれも大網白里市指定文化財です。
20211208荒行で修法師の認可があるが、檀林にはどんなお堂があるか気になって、久しぶりに訪れた。旧檀林の図面で鬼子母神と稲荷さまのお堂は確認できた。大黒天は?本堂で合掌、ふと見ると、パンフレットの箱があったので頂こうかなと思ったら輝くカードが、、、ダムカードを集めていたので頂戴した。調べて見ると五十七路の旅という本山を巡るキャンペーンがあった。その時は知らなかったので御首題(ご朱印と思っていた)とカードを頂いたのみだったが、一応日蓮宗の信者なので、面白いと思い、合掌の証というアプリを入れ本山巡礼をすることとした。まあ遠くには行けないので千葉県内のみとなるであろうが、、、本山が千葉県内に11もあろうとは、知らなかった。まあ、カードはおまけくらいに考えないと、数量限定なので、、、因みに後日暗くなってから(仕事が農業)アプリのチェックインをさせて頂いた。
日蓮宗本山 妙高山正法寺。関東法華三檀林の一つ。本堂が徳川将軍の鷹狩りの際に、宿舎として使用していた東金御殿を四代将軍家綱の時に移築したものだそうである。なので、本堂には葵の紋がひらひら。しかも、それを証明するかのように、屋根瓦にも葵の紋がしっかりと光っております。その他には説明書に詳細が書かれていますので、是非、現地で確認してみてください。現在の寺院はそれほど大きくはありません。小西檀林の跡地と言っても、よくわからない状態です。空き地や山もあるので、それらが跡地となっているのだと思います。
| 名前 |
日蓮宗 妙高山 正法寺 (関東三大檀林/小西檀林) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0475-72-1783 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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