絨毯みたいな苔の階段、宝珠山善勝寺。
善勝寺の特徴
古刹善勝寺砦の存在が際立つ、歴史深い場所です。
ふわふわの苔の階段が印象的で、訪れる人を魅了します。
本尊は大曼荼羅で、顕本法華宗の寺院として特異な雰囲気を持つ。
素晴らしい苔の階段ですね絨毯みたいにふわふわ。
素晴らしい苔の階段ですね絨毯みたいにふわふわ。
善勝寺土気城の南を固める善勝寺砦だったとか。山門から北の坂を上がれば土気城の三の丸に通じる要所。小高い小山にあり、入ろうとするも…山門の下部に「蛇(マムシ)に注意、立入禁止」とな。
我が家の菩提寺です。
父方のお墓があります。お墓に上がっていく道がとても狭いので気を付けてください!
土気城の南に位置し、「善勝寺砦」として城郭の一画を成した古刹。土気城主:酒井定隆の命により、真言宗より日蓮宗に改宗。本堂横に、酒井氏五代:康治の子 重治その子息:実治重治の徳川家への仕官に際して奔走した家臣:富田彦兵衛のものと、それぞれ伝えられる墓石あり。寺の周囲は、土地の改変などもあるものの、中世城郭の雰囲気や、十八万石や二十三万石とも言われる、土気酒井氏の栄華の片鱗を感じられる。
令和2年5月29日に訪問いたしました。駐車場:あります。ただ、狭い坂道を登ります。境内に停められます下の山門から石段を登ることをおすすめいたします。ちょうど初夏で良かったかも知れませんが、苔に覆われた石段は、素晴らしいです。この千葉で苔の石段を登れるなんて。土気城の酒井家のお墓が、あります。崖を覗くと、城だったと感じられます。
東側が断崖絶壁になっていて、要害の地であっただろう事が推測されます。
顕本法華宗の寺院で山号は宝珠山、本尊は大曼荼羅です。本寺院の創建年代については不詳ですが、元は真言宗であったとされ、1464(寛正5)年に妙満寺派(現在の顕本法華宗)の僧日泰が改宗して寺号を善生寺と改めました。1591(天正19)年に善勝寺と改められたとされ、江戸時代には妙満寺派本山輪番上総十ヶ寺のひとつでした。なお、当寺院のある場所は土気城の一角であり、善勝寺曲郭と称されています。境内に駐車スペースあります。
| 名前 |
善勝寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
043-294-0083 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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千葉市緑区にある寶珠山善勝寺です。山号額に寶珠山(ほうじゅさん)と刻まれた山門をくぐると…千葉県の寺院では大変珍しい苔むした参道があるんですよ。めっちゃ雰囲気あるでしょ〜ところどころ苔が剥げている箇所がありますが…そこがまた自然でいいじゃないですかぁ。こちらのお寺さんを調べてみると…『顕本法華宗寺院の善勝寺は、寶珠山と号します。善勝寺の創建年代等は不詳ながら、極楽法寺と号する真言宗寺院として創建したといいます。酒井定隆が土気城主となると、帰依していた本行寺開山日泰上人を当地へ招聘、寛正5年(1464年)日泰上人の求めにより真言宗だった当寺を法華宗に改めて如意寶珠山善生寺と号し、酒井家の菩提寺としたといいます。その後日泰上人の求めにより本寿寺を創建した際、山号を寶珠山としています。徳川家康の関東入国後、天正19年(1591年)には寺領50石を寄進され、江戸期には末寺21ヶ寺を擁し、妙満寺輪番上總十箇寺の一に数えられる、本寺格の寺院でした。』とありました。この近くには、かつて土気城があり、その土気城主だった酒井家のお墓もあります。実はこの善勝寺も土気城の一部だったようなんです。今は城は無く、城址として残っています。境内も綺麗に清掃されており、清々しい気持ちになりました。