秋の静けさ、宍戸昌寿の歴史。
宍戸弥四郎の墓の特徴
毎年秋に訪れる歴史を感じる場所です。
寺の入り口には石碑があり印象的です。
刈谷市の静かなエリアに位置しています。
寺入り口に石碑がありました。
刈谷藩士宍戸昌寿六男。江戸に出て山鹿流の兵学を修めた。天誅組に参加。天誅組では数少ない兵学者で合図掛けとなった。文久3年9月7日の大日川の戦いの時には軍師の安積五郎と移動し川向うの鎮国時前庭から法螺貝を吹いた。これに驚いた藤堂勢は増兵が来るぞと驚きおののき逃げ足になった。敵将は馬を走らせ士卒を励まして回ったが天誅組隊士 保母健が槍で左腹をつきたて負傷するも味方の助けで逃げ延びた。9月24日天誅組壊滅の鷲家口での戦い。主将中山忠光を逃がすために決死隊となって敵陣に斬り込む。縦横に戦ったが川に落ちて彦根兵に斃された。中山忠光はこの混乱の中無事に長州の大阪藩邸に逃げ込むことができる。
| 名前 |
宍戸弥四郎の墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
https://www.city.kariya.lg.jp/kankobunka/rekishibunka/rekishi/1001981/1001982/1001992.html |
| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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毎年の秋に訪れます。