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名前 |
白髭一本松阯 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
説明書よりーーー白髭の一本松 由来当地には、往古より農耕神の「白髭琵社」が鎮座し往民の信仰を集めていた。白髭社は、安東の田甫の真ん中にあり、数本の松の大木が、その存在を誇示しており、夏は農耕民や通行人が、その緑陰を憩いの場としていた。この洞は次第に衰徴し、1900年、安東熊野神社に合祀された。この合祀の時、白髭社の手洗鉢を紛失したが、後、十二双川源流船溜まりにて発見、現在熊野神社に現存している。残された松の大木も次第に枯れ、最後の一本が「白髭の一本松」として永らく住民に親しまれてきたが、遂に枯れ絶えてしまった。 これを惜しんで、心ある人たちの善意により、何代目かの松の幼木が植栽されてきた。また、この利の近くの路傍に名もない小さな地蔵尊があり、塩売りばあさん達から「塩地蔵」「足げり地蔵」などと親しまれていた。この地蔵導は、今でも近くの高校東側路肩に安置され、供養のお花が絶えない。また、行倒れや自然死でない人の成仏供養をしたという伝説「御霊信仰」も、 この地蔵導に由縁があったとも思われる。1929年、安東村が静岡市に合併された時、祠の社地が地元に売却され、白髭社の全てが消滅し、記念の松のみが往時の名残をとどめている。参考文献「安東13ヶ町郷土史」他。