河井継之助の聖地で歴史を学ぼう!
河井継之助記念館の特徴
河井継之助の終焉の地として歴史を感じる記念館です。
懐かしい思い出を抱えた訪問者が多い場所です。
周囲の景観が美しく、紅葉の時期は特におすすめです。
河井継之助が没した南会津の僻地にありますが、場に似合わぬ立派な施設。司馬遼太郎が取り上げるまではさほど有名ではなかったらしく、司馬遼太郎(峠)関連の展示も豊富。長岡の人たちには、無益な戦争を起こした河井への反発もあり、長岡の記念館はなかなかできなかったという話も印象的でした。気に入ってリピーターになり、今回4回目の訪問です。
越後長岡藩家老・河井継之助は、戊辰戦争で負傷し会津若松に向かう途中、只見の医師・矢沢宗益方で慶応4年(1868)8月16日に永眠しました。河井継之助の生涯や戊辰戦争の資料、継之助が逝去した部屋の移転展示、遺品の数々や介抱した医師矢沢家の資料等の展示、河井継之助を描いた司馬遼太郎の小説「峠」に関する展示等々を観ることができます。
戊辰の役に関心がある方なら一度は訪問したほうがよい場所です。河合継之助の生い立ちから最期までが分かりやすく展示されています。近現代日本の誕生には大きな犠牲(エネルギー)を要したことが分かります。東軍(幕軍)、西軍(新政府軍)、どちらにも理想と義があり、それがぶつかり、多くの有能な人々が散華していったことに思いをはせることが出来る場所です。原敬の「戊辰の役は政見の異同のみ」という言葉の重みがよくわかる場所でした。
この内容で350円の入館料は良心的!ガイドさんまでいて充実!継之助の全てが学べます。みんな行って欲しい!
R7.8司馬遼太郎が書いた長編時代小説「峠」のモデルの河井継之助記念館です。2022年に役所広司、松たか子で映画化されています。河井継之助が最後を過ごした町医者の矢沢家の一部を移築展示されています。記念館2Fから外に出た所に終焉の地の石碑が あります。受付けしてから、初めにビデオを観るのが良いと思います。小さいながら熱意が感じられる良い記念館でした。あまりにも良かったので、記念に御朱印とTシャツを買いました。駐車場は国道沿いに大きな駐車場がありますが、記念館のすぐ前にも10台位は停められます。
受付けの女性の方が親切で色々教えていただけた事、楽しく観覧できましたありがとう御座います!また眼の前の只見川の景色も最高でした。駐車場心配していましたが10台ほど停められます大きさはマイクロバスまで大型車線路、どうろを渡り少し離れた駐車場になりやす。
個人を顕彰した記念館としては、非常に充実している。私は、この記念館を訪れる前に、司馬遼太郎著「峠」を再読して訪ねたが、分かりやすく丁寧な展示に、地元の人たちの思いが伝わってきた。更に、長岡藩と会津藩の深い絆を実感すると共に、継之助の終焉の家を、私費で移築した矢沢家の熱意に感動した。敢えて言えば、幕末の動乱期に、武装中立を貫こうと考えた継之助の、その思想の形成過程を紐解く展示があったら、より継之助の偉大さが理解できる気がする。一見の価値のある、素晴らしい記念館だった。なお、記念館から徒歩数分で継之助の墓がある。こちらも是非、訪れて欲しい。
河井継之助は藩の財政を建て直した敏腕の長岡藩家老です。戊辰戦争では初めは中立の立場だったが奥羽越列藩同盟を結成し西軍と戦った。結果敗北し只見へ逃れ記念館ある地が終焉の地となった。只見町ではこの地に記念館を建て様々な資料を展示しています。なかなかの出来映えで良かったです。
2024.6.28(土)仙台からツーリングで訪問。「峠」を観てからの訪問をお勧め。記念館から望む、只見川と只見の里山の絶景も見事。
| 名前 |
河井継之助記念館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0241-82-2870 |
| 営業時間 |
[水金土日月火] 10:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
〒968-0411 福島県南会津郡只見町塩沢上ノ台850−5 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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奥会津只見町にある記念館です‼️🤩戊辰戦争で新潟長岡藩の家老だった河井継之助が中立を唱えていたけど、長州軍に賊軍と見なされ負傷の身で只見まで80里の峠越えでたどり着いた只見で亡くなったそうで、亡くなった屋敷の部屋が、復元されています‼️地元長岡にも記念館があるそうですが、只見の方が大きいそうです‼️🤩