御陵駅から歴史散策を!
天智天皇 山科陵(御廟野古墳)の特徴
天智天皇のお墓であり、歴史を感じる特別な場所です。
終末期古墳として知られる重要な文化遺産があります。
御陵駅から徒歩10分とアクセスが便利です。
天智天皇は言うまでもなく、中大兄皇子時代の645年に「大化の改新」を断行した38代天皇。改新の舞台は飛鳥でしたが、即位後、晩年に天皇は都を近江大津宮に移し、そこで崩御したとされます。京都市山科区の山あいに天智天皇の御陵があります。御陵(みささぎ)の名は付近の地名や地下鉄の駅名としても残っています。御廟野古墳とも呼ばれるこの御陵は、考古学的に見ても天智天皇の陵墓と見てほぼ間違いないとのこと。山科陵へは地下鉄御陵駅から徒歩10分ほど。宮内庁管理の陵墓らしく、旧東海道沿いにある参道入口から先はきれいに整備されています。他の天皇陵同様、一般の人が近付けるのは墳墓手前の拝所までですが、1300年以上前に日本の歴史を大きく変えた天皇がここに眠っているというのは、やはり感慨を覚えるものがありますね。地域の人々など、一般の人が参拝に訪れる姿もよく目にします。
京都東インターチェンジを降りて、100回以上通っていたけど、齢50にして行くのは初めてでした。行きそうで行けなかったところ。あの天智天皇の御陵なんて、本当に感慨深い。静かに眠っていらっしゃいました。駐車場は入口のすぐ脇に三井のリパークがあり、24時間600円かと思いきや、普通に1時間220円でした。琵琶湖疎水も南禅寺からしか見たことないけど、それはそうですよね、山科を通って流れてきているんですよね。かなりおススメです⛩️
京阪電車大津線に御陵(みささぎ)という駅があり、この一帯の地名となっています。語源は、ここ天智天皇陵があるからです。この陵墓はけっこう大きな敷地を持っており、山科疏水を歩いていてもこのあたりに来ると石の柵が続き、すぐ分かります。地元の人でもあまり行かないところなのでいつも人が居らず、夕刻になると少し怖いくらいです。
2024年11月3日 旧東海道57次を歩く旅 ファイナル~早起きは三文の徳~旧東海道を歩く旅は2日目の朝を迎えました。昨日は生憎の悪天候に阻まれ距離を稼げなかったので、今日は朝早くから動き出すことにしました。同部屋の住人たちはまだ寝ているようです。なるべく音を立てず、いそいそと身支度を整えて宿を後にします。ドミトリーのこういう一面だけはいつまでたっても慣れません。宿を出て、まだ活動を始めずにいる人気のない街を歩きます。この時間が僕は好きです。なんだか良いことがありそうな気がしてくるんです。「早起きは三文の徳」とかいう誰もが知っていることわざ。誰もが知っているけど、とても良いことわざだとは思いませんか。この言葉のおかげで、早起きをすると余計に清々しい気持ちになれます。今日は昨日のゴール地点、四宮駅から再び歩きます。そうして朝の人気のない街道を歩いていると、地図の街道を逸れた北に「天智天皇陵」と書かれているのが目に留まりました。「天智天皇陵」どこかで聞いたことあるなぁ。※天智天皇は中臣鎌足と大化の改新を成し遂げた人物。動画で僕は「てんちてんのう」と言っていますが、正確には「てんぢてんのう」らしいです。街道から少し外れるので、そのまま素通りしようか足を延ばそうかと迷いましたが、何かに導かれるように御陵に足を運びました。そこに立った時、胸を鷲掴みにされたようでした。森の中に真っ直ぐに伸びる参道。そこにいるのは自分だけ。朝の静寂の中、聞こえてくるのは鳥の囀りだけ。その中をコツ・・コツ・・コツ・・と踏みしめて歩いていきます。水面の上を波紋を静かに立てながら歩いているかの様です。神聖とはこのことを言うのだろう。真っ直ぐに伸びた参道の終わりには、一つの鳥居とその後ろに鬱蒼と茂る森がありました。この先が天智天皇陵です。天智天皇陵は、宮内庁が管理しているため、立ち入りや公開が厳しく制限されており、発掘調査や学術調査が許されていないのだそうです。未だ知られていない謎が多く眠っていることでしょう。この静寂なくして体験し得なかったこの時間。早起きは何物にも代えがたい徳になりました。
12/16友人と山科散策へ。何故天智天皇綾が山科の地にあるか調べたいところですね。古墳はきちんと整備されています。紅葉の時期だったのですが、全く人がいない。落ち着いて紅葉鑑賞するにも良いと思います。
天智天皇のお墓。広々としており、週末ではありつつも静かな空気感でした。
飛鳥から大津京に遷都した天智天皇が被葬者とされる終末期古墳。天智天皇の時代に、限られた人にしか造営されなかった貴重な八角墳であるのも、納得、なんといっても、あの天智天皇だから。
天智天皇は別名中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)といわれ、、歴史に通じた人であれば名のしれた人物だ。こじんまりとしているが雰囲気があり、質素な参道もある。ただ屋根がないところが続くので、雨天の場合は注意が必要だ。地下鉄の駅からもそれほど歩かずに到達できる。お墓自体は宮内庁で管理している旨の看板などがある。
天智天皇 山科陵には、駐車場はありません。近くに数カ所ある時間貸制コインパーキングに駐車するか、(休日や連休、近くの住宅で工事があると、満車になる事があります。)京都市交通局 地下鉄東西線、京阪電鉄 京津線、京阪バスなどの公共交通機関で訪れてください。春の桜、秋の紅葉の季節になると、訪ねて来られる観光客を見かけるようになります。散歩している方と、観光客の方を少し見かけるくらいで、京都市内の有名観光地のように、混雑はしていません。ゆったりと歩くことが出来ると思います。参道に街灯が無いので、秋から冬の季節は、日没後の午後5時ごろを過ぎると、参道が真っ暗になります。早めに参拝される方が安全だと思います。
| 名前 |
天智天皇 山科陵(御廟野古墳) |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
075-541-2331 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
令和8年5月の休日に、ブラタモリで紹介されていた旧東海道の車石を見に行く途中、山科陵に参拝しました。JR山科駅から旧東海道を歩いて約15分ほどで到着します。旧街道沿いに位置しており、道なりに進めば自然と目に入る分かりやすい場所です。府道143号線の北側にあり、入口近くに山科警察署御陵交番があるので目印になります。参拝客は自分以外に家族連れが2組ほど。入口から拝所までは思いのほか長い参道が続きます。市街地にある陵でありながら敷地は広く、静けさと厳かな雰囲気があります。ただ、木々の間から日差しが差し込むため暗い印象はなく、地域の親子連れが散歩に利用している様子も見られ、日常の中に自然に溶け込んでいるように感じました。参道の途中には琵琶湖疎水へとつながる小道があります。陵内にトイレはありませんが、疎水のそばに併設されたトイレが利用できます。参道から疎水までは徒歩で5分弱ほどで、途中に手すり付きの階段もあります。大きな負担ではありませんが、多少の移動が必要になる点は念のため補足しておきます。琵琶湖疎水の写真と合わせて掲載しているので、訪問の際の参考になればと思います。