等持院帰りに立寄る六請神社。
六請神社の特徴
小さな神社ながら心温まる参拝体験ができる場所です。
立命館大学に背合わせに位置しアクセス便利なスポットです。
衣笠山麓で強い歴史を持つ神社の神聖な雰囲気を感じられます。
令和七年 5月7日新緑の京都旅🌳🌳🌳六請神社古くは衣笠山の麓に鎮座し、開拓者の祖神を祀っていたとされています。伊勢大御神、石清水大神、賀茂大神など六柱の神様を祀っています。足利義満が等持院の境内に神を勧請したのが起源とも言われており、神仏分離令によって現在の場所に移されました。
京都市北区等持院中町にある神社。元は衣笠山の山麓にあった開拓者の御霊を祀る神社だったとされ等持院が建立されるとその鎮守のための境内社として移され明治時代の神仏分離令によって現在の等持院総門近くに移されました。境内社の力石大神はかつて氏子さん達が祈願成就を願い御神体の石を持ち上げていたと言われています。現在ではもちろん持ち上げてはいけませんが代わりに用意されている小石に氏名、年齢、住所、そしてお願い事を書いて奉納すると御利益があるとのことです。小さな神社ですが人々の想いが籠った神社でした。社務所が開いていない時は切手を貼って自分の住所を書いた封筒とお気持ちを納めると後日郵送で書置きの御朱印を届けてもらえます。御朱印は六請神社と力石大神の2種類があります。私もどこかで封筒と切手を買ってこようかと思いましたが時間も無かったので今回は参拝のみに留めました。
2023年2月5日に参拝しました。等持院参拝の際に立ち寄りました。境内は広くありませんが、手入れが行き届いた綺麗な神社でした。駒札によると、足利義満が等持院の境内に勧請していたが、神仏分離によってこの地に移り、現地の六地蔵の信仰と習合して「六」の字が社号に加えられたことから、祭神数が伊勢・石清水・加茂・松尾・稲荷・春日の6つに限定されたのではないかとのことで、とても興味深いですね。
良いところです。
等持院拝観の帰り道に寄り、参拝しました。コンパクトな小綺麗に調えられています。
小さな神社ですが、良い神社だと思います。等持院の帰りに立ち寄りました。御神木でしょうか?大きな穴が開いてましたがしっかりと根をはっていました。
立命館大学に 背合わせに有る 等持院の脇に鎮座しています。表通りから離れていて 地元民と学生さんが行き交う場所にある。小さな境内だが、気軽にお参りできるのが 良いですよ。
もとは衣笠山麓に、山背の開拓者の霊を祀っていたらしい。等持院ができてからは、その守護として、等持院境内にあったが、明治初期に分離され、現在地に鎮まる。また六地蔵の信仰との習合により、六柱の神様が祀られている。伊勢・石清水 ・加茂・松尾・稲荷・春日と伝わる。境内は木々が少ないためか、神域感は少ないが、敷居が低い感じもして、それはそれで悪くない。また力石大明神さまも祀られていますが、今は持ち上げたらダメとのこと。代わりに白い小石に心願を書き、奉納するスタイルに。
| 名前 |
六請神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
075-463-7238 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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【六請神社(ろくしょうじんじゃ)】2026.6.22嵐電等持院駅から歩いて6分ほどで等持院の門前に到着しました。等持院総門の右手に赤い鳥居が見えました。等持院の開門時間まで15分以上あったので、お詣りしました。「六請神社」(ろくしょうじんじゃ)でした。本殿をお詣りして、お隣の「力石大神」もお詣りしました。「力石大神」は、「ちからいしおおかみ」と読み、巨大な神石が祀られていました。この力石を持ち上げることができればあらゆる力を授かると伝えられています。現在では実際に石を持ち上げる代わりに、社務所で授与される小石に願いを書き込み、石の近くに奉納することで、あらゆる力を授かり願いが叶うと信仰されているそうです。駒札によると、「元々は衣笠山麓に鎮座しており、その山を開拓した先人の霊を祀る「衣笠御霊」と呼ばれた。室町時代に足利尊氏が等持院を建立した際に足利将軍家の菩提寺である等持院の鎮守社として祀られた。昔は開拓の祖神を天照国照神(あまてるくにてるのかみ)または大国御魂神(おおくにみたまのかみ)と呼んだところから、その天照国照がいつしかこの社の祭神に天照大神ら六柱(伊勢大御神、石清水大神、賀茂大神、松尾大神、稲荷大神、春日大神)を勧請して六請神というようになったのである。衣笠はその名の示すように中世以来埋葬地となっていたところから霊を守る六地蔵の信仰と習合して六の字が社号に加えられた。」とありました。