静かな福成神社で一息。
福成神社の特徴
浅間神社からハイキングコースが便利で踏破感があります。
鯨ヶ池から徒歩でのアクセスが良く、立ち寄りやすい神社です。
1時間30分の歩行で地味ながらも静かな雰囲気を楽しめます。
浅間神社から鯨ヶ池までのバイキングコースの終盤にひょっこりありました。キレイに手入れされた神社です。バイキングコースは急勾配あり、かなりキツかったです。1時間以上誰にもすれ違わず、1人は少し心細かったです。福成神社を参拝したら鯨ヶ池まではもうすぐと聞いていたので、到着した時は嬉しくなりました。2025.10
浅間神社からのハイキングコース終盤にひっそりと有ります。
地味な神社浅間山から1時間30分くらい歩いたが辛かったもう行かないかな。
浅間神社からハイキングできました。コースの手入れがしっかりされていて地元に愛されていると思いました。
YAMAPでLEVEL1のハイキングコース上の神社です。鯨ケ池からの方が近いですが、登り勾配が急です。コースは日陰が多く歩きやすいです。とは言え長袖、長ズボンはマスト。マイナス1はあくまで私道と言う事と道中トイレはありません。
鯨ヶ池から、割と直ぐに着きました。山上の神社はいい✌️
ハイキングコース途中にあります!立派な神さまがいるそうなのでお参りしていきます!
トイレがあったらありがたいけど…(^▽^;)
山上の静かな場所にある神社です.賤機山ハイキングコースの一部となっており,ハイカーの休憩場所としても良いかもしれません.ただしトイレはありません.この神社の裏側から鯨ヶ池に向かう道が伸びています.
| 名前 |
福成神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4406160 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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書にて「福成神社」をしらべてみます。__________❶【参考 駿河国新風土記 昭和9年版】福成権現社 (駿河国下村)「志貴昌澄(しき まさずみ)」の著書「駿河艸(するがくさ)」には、里の人々に伝わる歌として「浅畑(あさはた)や 賤機山(しづはたやま)の おふの池 いづくの風も ふくなりの松」という一首が載せられています。この神社は「どのような神」を祀っているのかは詳しく分かっていませんが、この森では時折、笛や太鼓の音が鳴り響き、一晩中音楽が奏でられることがあります。これは「神々が集まって遊んでおられるのだ」と言い伝えられています。五、六十年ほど前、木こりがこの森に入った際、木の上で一つの太鼓を拾ったことがありました。家へ持ち帰って子供の玩具にしていたところ、破れて失くなってしまったため今は現存しませんが、その太鼓を実際に見たという者もいます。この森は「天狗の住む場所」であるとして、人々から畏れ敬われていました。村の「村指出明細帳」には「山神」と記されています。私(著者)が考えるに、「福成」という名の例は、古文書や法帖類にある「最澄度牒(さいちょうどちょう)」に載っています。「伝教大師最澄」が唐へ渡った際の公的身分証明書でありますが、その文中に、従者の「丹福成(たんのふくなり)」という名があります。※私が補足しますが、著者が言いたいことは「福成」という名前の神社は珍しく由来がはっきりとしない事から、古い文献にある、最澄の従者の「丹福成」という人物、もしくは「丹福成」に由来する何かが此の地に伝わり、それが「神社の名前の由来となっているのではないだろうか」と言いたいのでしょう。_________❷【参考 駿河志料 第2編 昭和5年】福成権現社祭神が誰であるかは分かっておらず、小さな祠(ほこら)である。この社のあたりでは、時として笛や太鼓の音が聞こえてくることがあるが、里の人たちは「神様が音楽を奏でて遊んでいらっしゃる」と言い伝えている。__________________❸【参考 安倍川と安倍街道 1991年】賤機村下の福成神社祭神は「豊受昆売命(とようけのひめのみこと)」或いは「大山祇命(おおやまずみのみこと)」といいます。此の神社は下福成山上にあります。古老の伝説によれば、太鼓を拾ったのは、今の「稲葉次郎右衛門」氏の祖先某の時であるといいます。其の下男がある朝、薪(まき)取りに森に入って太鼓を拾い持ち帰って、子供の玩具として使っていましたが、皮が破れてしまい修繕しようとして「ある家」に委託したのですが、どうゆう訳なのか紛失してしまったといいます。稲葉氏の屋敷は此の社の山麓にあったので、このような不思議な事があったのだろうか、とあります。