慈雲院で特別公開体験。
慈雲院の特徴
相国寺塔頭寺院は特別公開時に限り拝観が可能です。
2024年冬の特別公開には、拝観料が800円かかります。
京の冬の旅では貴重な体験ができる機会を提供しています。
慈雲院:長禄年間(1457~59)創建、本尊は釋迦牟尼佛。開祖は、相国寺第四十二世勅諡興宗明教禅師(瑞溪周鳳和尚)です。師は道学兼備の碩匠にして多大の著書があり、天皇の崇敬と幕府の信望とを一身に集めました。第二世黙堂壽昭和尚は、相国寺に伝わる梵唄を校訂し、その音符は今に伝わっています。その中でも、『観音懺法』の聲明は第一であり、誇りとするところです。江戸期に入り、第九世梅荘顕常和尚(大典禅師)は詩文に長じて一世を風靡し、幕府の信任を受けて、朝鮮修文職として多くの外交文書に携わり、しばし幕議に参与しました。師は天明の大火(1788)に遭った相国寺の復興に尽力し、再建を成し遂げたのです。また三十三幅からなる「動植綵絵」をはじめ多くの作品を世に残した天才絵師、伊藤若冲の恩師であり、その交際も親密でした。慈雲院は、当初は現在のホテル建設予定地になっている敷地にありましたが、明治二十九年(1896)に毀却し寺號を富春軒に移しました。大正期に第十五世琢堂周圭和尚は一日一善を提唱し社会活動を行い、大正六年(1917)「衆善」誌を発刊し、大正十三年(1924)に和敬学園(孤児院)を創立し、現在に至ります。心月保育園も経営しています。(出典:相国寺HP)一般公開はされていませんが、京都冬の旅などで特別公開されます。Jion-in Temple:Founded during the Choroku era (1457-1459), the principal image of the temple is Shakyamuni Buddha.The temple's founder was the 42nd abbot of Shokoku-ji Temple, the posthumously appointed Zen master Zuikei Shuho (Zuikei Shuho). A master of both Taoism and philosophy, he was a prolific author, earning him the reverence of the emperor and the trust of the shogunate. The second abbot, Mokudo Ju Showa Sho, edited the Buddhist chants handed down at Shokoku-ji Temple, and their musical notes have been passed down to the present day. Among these, his recitation of "Kannon Sanpo" (Avalokitesvara Penitence) is the most highly regarded and a source of pride.During the Edo period, the ninth abbot, Baiso Kenjo (Daiten Zenji), became a sensation with his talents in poetry and prose. Trusted by the shogunate, he was involved in the editing of many diplomatic documents as a Korean scribe and even participated in shogunate councils. His teacher dedicated himself to the reconstruction of Shokoku-ji Temple, which was destroyed by the Tenmei fire of 1788, and successfully rebuilt it.He was also the mentor and close friend of Ito Jakuchu, the genius painter who left behind many works, including the 33-panel "A Colorful Picture of Animals and Plants."Jion-in Temple was originally located on the site where the current hotel is planned to be built, but it was demolished in 1896 and the temple name was transferred to Fushunken.During the Taisho period, the 15th abbot, Takudo Shukei, advocated doing one good deed a day and engaged in social activities. In 1917, he published the magazine "Shuzen," and in 1924, he founded Wakeigakuen (an orphanage), which continues to this day. He also runs Shingetsu Nursery School.(Source: Shokoku-ji Temple website)The temple is not open to the public, but it is open for special viewings during Kyoto Winter Tours and other events.
「京の冬の旅2024」特別公開で参拝。
24年2月8日、「京の冬の旅」特別公開に行ってきました。山門から庫裡、拝観入口前の庭園に梅の花が咲いていて、キレイでした。本堂前の枯山水庭園もおだやかな感じで美しかったです。虎の描かれた板戸は、いさましい顔の大人の虎と3匹のコロコロとした子どもの虎がいました。大人とかわいらしい子供の対比が面白かったです。御朱印をいただきました。
2024/1/29に参拝。“京の冬の旅”で行きました。室町時代に創建された相国寺の塔頭です。入口の前には幼稚園があり、子供の元気な声が響いていました。スタッフに聞くと、相国寺が運営している幼稚園とか。京都では寺院が運営する学校は結構多いです。撮影できるのは庭だけです。小さい彼山水庭園ですが、人が少ないので落ち着きます。文学に秀でた僧を多く輩出している寺院で、その力量は幕府の外交文書にも携わっているほどです。スタッフが定期的に解説してくれますので、予備知識なしでも大丈夫です。
京の冬の旅非公開文化財特別公開 レアな公開 特別公開では初公開なのではないでしょうか。
相国寺塔頭寺院通常非公開で、特別公開時のみ拝観可能2024年冬の特別公開、拝観料800円。
2024年度京の冬の旅で公開されています。相国寺の境外になる北側にあり、以前の京の冬の旅で公開された「慈照院」と隣り合っています。京都市営地下鉄烏丸線の「鞍馬口」駅が最寄となります。本堂には平安時代のお釈迦様が安置され、向かって左には聖観音様と右には開祖瑞渓周鳳の像が脇侍として安置されています。岸連山の親虎と子虎の板戸絵が印象的です。特別公開記念の御朱印は揮毫されたものと大判と小判の切り絵、全部で五種類ありました。
| 名前 |
慈雲院 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
2024年 3月9日 第58回京の冬の旅慈雲院 特別公開長禄年間(1457~59)創建、本尊は釋迦牟尼佛。開祖は、相国寺第四十二世勅諡興宗明教禅師(瑞溪周鳳和尚)です。師は道学兼備の碩匠にして多大の著書があり、天皇の崇敬と幕府の信望とを一身に集めました。第二世黙堂壽昭和尚は、相国寺に伝わる梵唄を校訂し、その音符は今に伝わっています。その中でも、『観音懺法』の聲明は第一であり、誇りとするところです。江戸期に入り、第九世梅荘顕常和尚(大典禅師)は詩文に長じて一世を風靡し、幕府の信任を受けて、朝鮮修文職として多くの外交文書に携わり、しばし幕議に参与しました。師は天明の大火(1788)に遭った相国寺の復興に尽力し、再建を成し遂げたのです。また三十三幅からなる「動植綵絵」をはじめ多くの作品を世に残した天才絵師、伊藤若冲の恩師であり、その交際も親密でした。慈雲院は、当初は現在の京都産業大学附属中・高等学校になっている敷地にありましたが、明治二十九年(1896)に毀却し寺號を富春軒に移しました。大正期に第十五世琢堂周圭和尚は一日一善を提唱し社会活動を行い、大正六年(1917)「衆善」誌を発刊し、大正十三年(1924)に和敬学園を創立し、現在に至ります。