風の森峠の神社で安全祈願。
風ノ森神社 (志那都比古神社)の特徴
風の森バス停から徒歩数分の距離にあります。
葛城古道への出発前に、旅の安全祈願が可能です。
崖の上に佇む小さな祠が特徴的です。
国道24号線の風の森峠の南から入って行ったところにありました。神社の前の道は自動車を止めるところがなく、鉄塔のそばに止めて歩いて参詣しました。お墓が立ち並ぶ階段を上がっていくと小さな祠があり、このあたりの神さまを祭っているのではないかと見受けました。
風の森バス停から歩いて数分葛城古道への出発前に旅の安全祈願をしていきましょう。
なんともステキな名前の神社。お社は小さくなんでことのない佇まいだが心地よい空間。
「葛城(葛木)の道/万葉の道」巻十四の四の十五 御所市鴨神風の森神社(かぜのもり/志那都彦(しなつひこ)神社高鴨神社と一対をなす神社と聞いて回って参りました。「風の森の社」など、どこかのアニメで聞いたような洒落た社名が付されておりますが、本社名は『志那都彦神社』と呼ばれております。風の神様が祀られているという由緒通り、辺りは普段でも風があります。このすぐ前の国道24号線は北は奈良盆地から南の五条方面へ、「ファンネル効果」で風の抜けるところです。奈良盆地で溜った空気が一気にこの前の峠で圧縮されて抜けてゆくわけです。当然、葛城・金剛山系からの「颪(おろし)」も手伝って著しく風量が増すわけです。葛城氏の早くから発達させた「水稲耕作技術」はこういった要因が手伝っているとも考えられます。高鴨神社からは徒歩10分あまり、鴨神下公民館の左を緩く登っていただいた左角が神社とお寺です。ここより南へ700mあまり、巻十四の四の最終目的地『弥勒寺』となります。
場所がちょっとわかりにくい。入口だけみると民家と間違えてしまう。久しぶりに有難く参拝させて頂きました。風の森神社なんて素敵な名前なんだけどな。
下街道・国道24号線の小さなピークの、更に崖の上に小さな祠がある。岬のような地形の先端でいかにもな場所だ。ここで、維新前夜、天誅組が陣を敷いたと説く石碑もある。自分は、天誅組に関しては、肯定的にとらえられないので、沸き上がる感慨もない。足下の国道を走るトラックの轟音をききながら、「風の森」という言葉の響きに思いをはせる。車の往来が途絶えた瞬間、秋の風が葉擦れの音を運んでくる。
風の森神社は国道24号線から脇道を入った小高い丘の上にぽつんとある。風の神志那都比古を祀っている。古来風の森峠は重要なルートで奈良盆地に南から入る重要な道であった。以前この鴨神の発掘調査で古墳時代の道路跡が発見された。和歌山の港を経由して都に北上するにはこのルートを通る。近くに高鴨神社などがある様に鴨一族の重要拠点であったろう。ここを抑えていた鴨一族の栄光のシンボルだが今は淋しい。当時は鉄の加工など付近でしており風が重要だったと思う。風の森峠では1863年天誅組の吉村寅太郎が第二隊を率いこの峠に布陣した。翌日高取城を攻めるも失敗し、再びこの辺りを通り吉野に敗走したという。歴史では色々あっても今は何もない。当たり前田のクラッカーか!W
| 名前 |
風ノ森神社 (志那都比古神社) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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風の森峠に鎮座する風の神の社 ― 志那都比古神社奈良県御所市の風の森峠の頂上にひっそりと鎮座するこの小さな神社は、高鴨神社と一対をなすと伝えられています。ご祭神は「志那都比古神」。『日本書紀』に記される国生み神話において、**伊耶那岐命**が国土を覆う朝霧を息吹で吹き払った際に誕生したとされる、風の神様です。この地域は古くから日本の水稲栽培発祥の地とも言われており、風の神は五穀豊穣や風水害からの守護神として篤く信仰されてきました。自然の風が吹き抜ける風の森峠に立つと、古代より変わらぬ祈りと風の氣配が感じられることでしょう。