後花園天皇の分骨所、歴史を感じる。
般舟院陵の特徴
後花園天皇の分骨所がある史跡です。
現在の皇室の皇統の源流を感じられます。
その場所を通る度に興味が湧きます。
後花園天皇の分骨所。
現在の皇室の皇統の源流である後花園天皇が分骨されている。始めは伏見にあったが秀吉の指月城築城に伴い般舟院の移転と同時に現在地に移された。般舟院はこの地にあった天台宗の寺院で、般舟三昧院とも称し、山号は指月山です。元は、この御陵から隣接する嘉楽中学校、更に東の西圓寺までの大きな寺院でした。 Emperor Go-Hanazono, the origin of the current imperial family, has been divided. At first, it was in Fushimi, but it was moved to the present location at the same time as Hideyoshi's construction of Shigetsu Castle. Hanshuin is a temple of the Tendai sect in this area, also known as Hanshu Sanmaiin, and its mountain name is Mt. Shizuki. Originally, it was a large temple from this Imperial Mausoleum to the adjacent Karaku Junior High School and Saienji Temple in the east.
ここの前を通る度、なんだろうと思っていた。今回初めて入ってみた。入り口の説明には「後土御門天皇後宮・贈皇太后・朝子・般舟院陵」とあり、続いて「後花園・後土御門・後奈良天皇分骨所」以下、かなりの皇子・皇女の墓である旨がしるされている。塋域の正面が、般舟陵か。石仏が半ば埋もれていたり、街中にある不思議な空間。
町中で入口が少々狭いのでこんな所に宮内庁が管轄している御陵があるとは思いませんでした。
| 名前 |
般舟院陵 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金月火水] 9:00~16:30 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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千本今出川交差点を東に行った北側にあるのが「般舟院陵」になります。般舟院陵(はんしゅういんのみささぎ)。はじめは伏見指月山にあったが、般舟院の移転と同時に現在地に移されました。後花園天皇、後土御門天皇、後奈良天皇、後柏原天皇の母源朝子など14墓からなる。般舟院陵の左側には後白河天皇第3皇女式子内親王の墓所と伝わる「式子内親王塚(のりこないしんのうのつか)」があります。この塚は般舟院陵が移転してくる前からあったと伝えられています。