歴史を感じる上倉田の実方塚。
実方塚の特徴
実方塚は平安時代の歌人、藤原実方の墓とされている。
移設記念碑が存在し、立派な造りが目を引く場所である。
塚は尾根の斜面に位置し、血縁方によって建てられている。
上倉田の里山のなかにある史跡。平安時代、清少納言をめぐって諍い、笏で相手を叩いたことから左遷された藤原実方朝臣をまつる。和歌の名手として知られ、西行も参られたとか。子孫が大切に守っていらっしゃるので、静かにお参りさせていただいた。
ここへ来るルートはふたつある。ひとつは坂道の民家の横から入るルートで、入口に實方念佛講中の小さな石柱が建つ。この民家の表札がそもそも實方のようだ。もうひとつというか、実はこの森に入れる入口は4、5か所くらいあり、どれも繋がっているので何処かで森に入れれば結局着ける、というもの。夏場は中々覆い茂った森になっているので辿り着けるには勇気が必要だ。さて、大きく綺麗な記念碑には移設に際しての文言が記されている。現在、藤原実方の従者がこの地で亡くなり葬られた、との説を採用しているようで、藤原実方のお墓ではない。この辺りを歩くと實方の表札がとても多い。
実方塚より移設記念碑の方が立派であり、主客転倒な感じがしないでもない。ただ、表も裏も読み応えは抜群である。道がやや険しいので、少し注意が必要だ。
【2015年5月5日】藤原実方の塚があると聞いて訪問。・横浜市教育委員会が発掘したが何も出なかった。・宮城県名取市が有力な説。源平盛衰記にも記述あり。・実方一族の本家の長老も名取市のお墓に参拝している『実方塚は従者が誰かが戸塚の地で亡くなり塚をつくり守ってきたのだろう』と言っている。・墓守が藤原ではなく実方性を名乗っている。それでも有名な歌人を感じられ、何だかジーンとしました。「かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを」
尾根の斜面に実方の血縁方が塚を建ててある。實方は歌枕を見て参れと陸奥国に左遷されたとの話が伝わる。彼の地で亡くなったが、子孫の方がここに塚を建てたと石碑に記されてある。詳細は知らないが、歴史心を刺激される。
実方塚は平安時代の歌人、藤原実方の墓と思われていたが、発掘しても何も出てこなかったそうです。歌碑、句碑が建ち綺麗に整備されています。
藤原実方公の供養碑。元は近隣に有ったのが道路拡張で移された。周辺は実方一族が住む。どうやら地形を見るに実方塚一帯は要塞だった様で、切通し、帯曲輪、空堀、土塁がふんだんに残っているが、例により無能な教育委員会がスルーしていて、道路開発破壊の危機に瀕している。
藤原実方が東北へ左遷される道中にここ上倉田で病に倒れ、主を失った一族が菩提を弔うためにこの地にとどまったという伝説が伝わっています。この地には実方さんが多くいらっしゃいます。私の同級生の実家でもここで、牧場を経営していました。
| 名前 |
実方塚 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
045-866-8321 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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