土師百井廃寺跡で感じる古代の息吹。
土師百井廃寺跡の特徴
古代日本の歴史を感じる、白鳳時代の寺院跡です。
自然と共存する姿が感じられる、静寂な遺跡の魅力。
小規模ながらも、歴史的価値の高い貴重なスポットです。
当時を思いながら、ビクニックをさせてもらいました。花手水も素敵でした。
「土師百井廃寺跡」は7世紀中頃から8世紀初め頃まで、土師百井の地に建立されていた伽藍配置のお寺跡です。寺跡は霊石山のなだらかな裾野に位置し、少し下りますと私都川の清い流れに出合う風光明媚な土地の中です。8世紀初めに都が奈良平城京に移りますからこの時より約1世紀半遡る、日本に百済(くだら)から仏教が伝来した間もない頃には、この土師百井の地に中門と講堂とが回廊で繋がり、その中の西側に金堂、東側に搭が聳える伽藍配置の寺が建立されたのです。当時この地には朝廷の詔を実行に移す権力と富と技術集団(渡来人)が存在集中していたに間違いありません。それから時代が8世紀中頃になりますと仏教文化が更に深化して歴史の舞台は因幡国府の国庁や国分寺へと移ります。因幡国守として大伴家持が赴任します。その歴史の橋渡し(白鳳文化→天平文化)を「土師百井廃寺跡」は行い、その生き証人的な遺跡として私たちに語りかけています。
京都などの神社仏閣と比較すれば、小さな遺跡で目を引くような、立派な建造物もない所になりますが、古代の日本人の自然と共に生き抜いてきた証だと思います。古事記に記載されて現存する地域ですので、日本の歴史的価値があり、その事実を証明することができる遺跡だと思います。古事記の時代から現代まで存続できたのは、優れた立地条件の選択と、その条件を生かし続けてきて、継続させた地域の能力の証だと、個人的に思います。
7世紀後期から8世紀初め(白鳳時代)に建てられた寺院跡。
| 名前 |
土師百井廃寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0858-84-1232 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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