由緒ある武蔵国一宮、小野神社。
小野神社 武蔵國一宮の特徴
聖蹟桜ヶ丘駅からのアクセスが良く、年末に多くの参拝者が訪れます。
瀬織津姫大神様を祀り、パワーを感じられる美しい神社です。
広々とした住宅地の中に位置し、落ち着いた雰囲気でゆったりと参拝できます。
武蔵国の一宮、最も格式高い神社です。静かな神社ですが、地元の方々が途切れることなく参拝されていました。
“当社は安寧人皇一八年一月初末の「御鎮座と伝えられ武蔵国開れの祖神である人下春人神(あめのしたはる大神)、瀬織津比咩大神(せおりつひめ大神) 又稲倉魂大神(いなくらたまのおおかみ)を主神として御奉祀申し上げて居る山緒ある神社である。御社名は上代此地の呼び名であった小野の郷に山求するものであるが真の霊験の灼かなる神社としてやがて朝廷の上問にも達せられ数々のや幣にも預かり元慶八年七月には正五位上の神階を授けられた。又、延喜式が揺せられた折には武蔵国八座の一社として登載された。上つ国府の近在なることに山いて国司や住民の崇敬も殊の他篤く総礼六所宮創建の間には東搬第一次の席を与えられて・之宮と称された。然して当社の社伝には永平六年源頼義陸奥守に任せられて下向の途次其子義家と共に参粧され太刀一振りと詠歌一首奉納の事績が緒かれ吾妻鏡にも養和元年四月一宮は占富非蓮光寺と併記され更に建久四年八月の刻印ある経筒の銘に宮別当松連寺が記録されている。稍時代も下り安居院の神道集並に深大寺の們長介の私案抄を尋ねると当社は中世以来文珠菩薩を木地となした們仰も行われていた。断くなる所此の近在は鎌倉末より戦国時代にかけて度々の戦乱や多摩川の氾濫があり当社にも多大の被災が及び衰微したが徳川二代将軍により造営再興された。其の棟札に日く一宮正一位小野神社造営再興慶長十四年十二月廿六日当将軍源朝臣秀忠公神上新田大炊介守忠太田太郎左衙門人忠以下慶安元年御朱印壱拾五石を給わる。文政となり新四国八十八ヶ所の四十八番札所となり巡拝者も多く有りて維新に至る。明治元年神仏分離令により文珠菩師を明寺に御移する。同六年十一月郷社に列せられ同一十一年内務省より占社保存として・金百円也下附さる。同四十三年旧之宮村有地拾町七反余当社資金に充つる為奉納さる。大正一五年三月三、近隣の失火により御神体及び一部の神宝と鳥居を除き神殿等悉く類焼す。昭和一年御本殿、拝殿の再建成り社務所を附す。二五年大国魂神社:五月五日の大祭に就き当社神輿の渡御は古式の変更また道路事情等にて而今中止となる。同二九年旧氏子により社務所を新築奉納され随身像御修復の計画に始まって随身門の再建成りつ御本殿、拝殿を後期の風致林に御遷座して境内を拡人间四九年春末社の再建成り更に秋の例大祭を期して随身を同門内に御安置申し上げ依って記念の大祭を執行。茲にせを記念して此の碑文を誌す。昭和四九年九月川武藏一之宮小野神社宮司滝瀬清太郎【HPより抜粋】聖蹟桜ヶ丘駅より徒歩圏内にあります。道はやや狭いですが、駐車場はあります。当日は御朱印受付日ではなかったのですが、境内は綺麗に掃き清められていました。
早朝6時頃の参拝で寒かったけど、清々しい気分で本当に良かった♪一の宮神社で『瀬織津姫様』の神社♪感動と感謝でしただすm(_ _)m
聖蹟桜ヶ丘 小野神社大宮 氷川神社と同じく武蔵國一宮だが、松の内を過ぎてたこともあり寒々しい感じで誰もいませんでした😅門の彫物も立派で境内は綺麗に掃除されていましたが、摂社も少なくやっぱり寂しい感じ🤔比較するものではないと思いますが、やっぱり違いが大きかった⛩️
一宮神社巡りの一環で参拝。聖蹟桜ヶ丘の駅から10分足らずで到着できる。一宮にカウントされたりされなかったりされる武蔵国の一宮。小さいながらも一宮の風格がある。
東京都多摩市に鎮座する小野神社(おのじんじゃ)は、聖蹟桜ヶ丘駅から徒歩圏内にありながら、非常に高い格式を持つ古社です。先ほどご紹介した「大國魂神社」とも深い関わりがあり、歴史ファンやパワースポット好きには外せない場所です。1. 武蔵国「一之宮」の誇り小野神社は、かつての武蔵国において最も格が高いとされる「一之宮(いちのみや)」を称しています。平安時代の延長5年(927年)にまとめられた『延喜式神名帳』にもその名が記されており、2500年以上の歴史を持つとも伝えられる、多摩エリア屈指の古刹です。大國魂神社で祀られている「一之宮」の神様は、もともとこの小野神社の神様を勧請(お迎え)したものです。2. 鮮やかな「朱塗りの随身門」閑静な住宅街を進むと突如現れる、鮮やかな朱塗りの随身門は小野神社の象徴です。門には繊細な彫刻が施されており、その美しさは訪れる人を圧倒します。境内は非常に静謐な空気に包まれており、地元では「知る人ぞ知る癒やしの聖域」として大切に守られています。3. ハート型の「厄除け石」と龍神様本殿の横には、全国的にも珍しい**ハート型の「厄除け石」**が置かれています。この石を撫でることで、厄を払い、良縁を授かると言われており、若い参拝客にも人気です。また、雨乞いの神様としての信仰もあり、境内には龍神を想起させる彫刻や雰囲気が漂っています。4. アニメファンとの交流聖蹟桜ヶ丘が『耳をすませば』の舞台であることから、物語のファンが散策の途中に立ち寄ることも多く、地域の文化と歴史が交差するスポットとなっています。大國魂神社とセットで参拝することで、より深く武蔵国の歴史に触れることができます。
緋色が美しい✨️御祭神は瀬織津姫様です。優しく凛としたご神威が感じられます。
聖蹟桜ヶ丘駅から歩いて約10分くらい。いかにも歴史ある感じの神社です。紅葉もきれいですが建物もきれいで心が神聖になる気がします。
ご由緒によりますと安寧天皇一八年二月初末の日御鎮座と伝えられ武蔵国開拓の祖神である天下春命(あめのしたはるのみこと)又瀬織津比咩命(せおりつひめのみこと)を主神として御奉祀申し上げて居る由緒ある神社である。御社名は上代此地の呼び名であった小野の郷に由来するものであるが其の霊験の灼かなる神社としてやがて朝廷の上聞にも達せられ数々の奉幣にも預かり元慶八年七月には正五位上の神階を授けられた。又、廷喜式が撰せられた折には武蔵国八座の一社として登載された。且つ国府の近在なることに由いて国司や住民の崇敬も殊の他篤く総社六所宮創建の砌には東殿第一次の席を与えられて一之宮と称された。然して当社の社伝には永承六年源頼義陸奥守に任せられて下向の途次其子義家と共に参籠され太刀一振りと詠歌一首奉納の事績が繙かれ吾妻鏡にも養和元年四月一宮は吉富井蓮光寺と併記され更に建久四年八月の刻印ある経筒の銘に一宮別当松連寺が記録されている。稍時代も下り安居院の神道集並に深大寺の僧長弁の私案抄を尋ねると当社は中世以来文珠菩薩を本地となした信仰も行われていた。斯くなる所此の近在は鎌倉末より戦国時代にかけて度々の戦乱や多摩川の氾濫があり当社にも多大の被災が及び衰微したが徳川二代将軍により造営再興された。
| 名前 |
小野神社 武蔵國一宮 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
042-338-1151 |
| 営業時間 |
[金土日月木] 9:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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住宅地にいきなり出てくる神社。境内裏手に駐車場があり、瀬織津姫様が御祭神としていらっしゃいます。広くて風が吹き抜ける清々しい気持ちになる神社でした。