小牧長久手の戦場を探索!
史跡長久手古戦場の特徴
令和8年にガイダンス施設がオープン予定です。
小牧・長久手の戦いの主戦場を体験できる場所です。
古戦場公園内は昔のままの風景が残されています。
徳川家康と羽柴秀吉が争った「小牧長久手の戦い」。その戦地の一つ、長久手の戦場跡で国指定史跡。この地で落命した池田恒興・元助親子が戦ったとされる場所一帯が公園として整備されており、討ち取られたと云われる場所に塚が建立されています。
令和8年にガイダンス施設ができるようです。今ある小さな資料館のほかは今はなんもないです。
2024.4公園内の施設増設の工事中で広い道路に面した駐車場が利用できませんでした。入り口に裏の駐車場への案内がなかったので(あるのかもしれませんが、見つけることができませんでした。)裏の住宅街に迷い込んでなんとか裏の駐車場へ辿り着きました。古戦場の資料館は無料で入場できます。
公園になっています。徳川家康と豊臣秀吉が戦った小牧長久手の戦い。池田恒興の戦死した場所や無料の資料館があります。
小牧・長久手の戦いの主戦場になった場所が公園に整備されています。敷地内には池田恒興、元助の供養塔、資料館があります。資料館は月曜日が定休日となります。隣には長久手のイオンがありリニモの古戦場公園駅から歩いて3分ほどで着きます。
中学生の頃必死に自転車で数時間かけて初めて訪れてから30年以上たちましたが、周辺は開発が進み大きく変わってますが、古戦場公園内は何も変わってないようで良かったです。小牧長久手の戦いは局地戦では無く、全国各地で波及した戦いがあり、愛知県内だけでも凄い数の戦跡があります。長久手周辺の戦跡は住宅街や道が狭く、クルマを駐車する場所が無い所が大半なので自転車で巡る事をオススメします。レンタルサイクルもあるようです。
初めて訪問しました。愛知県は歴史的な場所が多すぎて楽しいです。公園の敷地内には無料の資料館がありました。古戦場跡というと何か生々しいイメージの場所かと思いましたが、普通の公園でした。
名古屋にいた時、訪問しました。行くまでどんな場所か?!よく知りませんでしたが、歴史ある場所で、豊臣と徳川が、唯一正面衝突した場所のようです。戦にいたった内容は複雑で、難しいですが、そんな場所に行けて良かったです。また、ちょうど愛知万博の一年後ぐらいだったので、モリゾーとピッコロや、サツキとメイの家もありました。
【2023年7月 再訪👀】徳川家康勢vs羽柴秀吉勢が後にも先にも唯一、武力衝突した合戦場⚔️①1584年犬山城の羽柴秀吉vs小牧山城の徳川家康・織田信雄の戦況膠着。前哨戦「羽黒の戦い」で徳川勢に敗れた池田恒興は汚名返上に『三河中入奇襲』を秀吉に献策、許し得て部隊編成し進軍🐎1陣:池田恒興6000、2陣:森長可3000、3陣:堀秀政3000、4陣:羽柴秀次8000、秀吉の甥/羽柴秀次が総大将。②先遣隊:池田・森隊9000、徳川方の丹羽氏重300守備する岩崎城を攻城攻略、首実検試行し時間費やす、なぜ三河岡崎急襲部隊が岩崎城に時間を掛けたか不思議🤔前が岩崎城攻城で前進せず、4陣:羽柴秀次隊は白山林で朝食休憩とは、何で奇襲部隊がユックリ朝食とは驚き😲そこに小幡城を密かに出撃した徳川勢の榊原康政・大須賀康高隊ら4500が後方と側面から休憩中の羽柴4陣を襲撃、アッと言う間に総大将4陣壊滅し遁走、ここで早くも「三河中入」作戦は瓦解。3陣:堀秀政3000は榊原・大須賀隊を撃破も徳川家康自らの出現を知り撤退。③『長久手の戦い』徳川家康・織田信雄・井伊直政本隊9000、深夜に小幡城を密かに出撃し色金山から富士ヶ山(御旗山)へ前進、現在の長久手周辺に展開し着陣。後方での異変、徳川勢出現に慌てて舞い戻った池田・森隊一戦交え疲れた9000とヤル気満々で徳川家康自ら率いた9000が長久手周辺で大激突⚔️森長可狙撃討死し、徐々に羽柴勢崩壊、混戦の中、遂に池田恒興・嫡男元助も討死、羽柴軍壊滅、終焉。☆ここで徳川方が勝利した事が、その後の徳川家康の政治的立場を優位にしたとも言われ、江戸時代は徳川尾張藩士にとって神君家康栄進の地として聖地✨【街中の歴史公園】目の前がイオンモール長久手で、歴史公園の駐車場無料、郷土資料館も無料、資料館の中には長久手合戦のジオラマも展示、合戦当時の布陣も良く理解出来ました👀天気良い時はお弁当持参でブラブラ来るのも良いですね、のんびり出来ます🍙😁
| 名前 |
史跡長久手古戦場 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0561-56-0627 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
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小牧長久手の戦いで有名な古戦場跡です。戦国時代、織田信長亡き後、豊臣秀吉と徳川家康がぶつかった唯一の戦いで、岐阜城から岡崎城にかけて愛知県をほぼ両断する規模の戦いになります。小牧長久手の戦いでは、主戦場のココ以外にも、犬山から日進(岩崎)にかけて古戦場がたくさんあり池田恒興ら豊臣勢が討死した場所を長久手古戦場跡としているようです。こどもの頃から来てますが、長久手古戦場資料館が新しくリニューアルされ、令和8年4月開館とのことです。むかしの資料館にあったジオラマでボタンを押して両軍の進行が視覚的に理解でき、楽しかったので進化したジオラマを期待します。池田恒興(勝入斎)塚や、長男の元助(庄九郎)塚はむかしと比べみちなど綺麗に整備され参拝しやすくなってました。目の前には巨大なイオンが出来、買い物ついでに史跡で散策しながら歴史を感じるひとときを味わってください。