三浦地蔵尊で静かなひととき。
福寿寺の特徴
三浦地蔵尊十二番札所として知られ、歴史的な意味が深い場所です。
三浦義村が建立した本堂への急な上り坂も、訪れる価値があります。
御朱印が頂けるので、参拝の記念として特に人気があります。
三浦地蔵尊十二番札所。十三番札所とは、近接しているので徒歩で行きました。mapの経路通りに歩きましたが、かなり上り下りがキツい道でした、あとほぼ農道を歩きますので、お世辞にも整備された道ではないです、林の中も歩くので虫が苦手な方等は、回り道になってもバスの通りに沿って歩く方が良いですかね。日射しはバス通りの方が、キツいですけど。経路通り歩くと、お寺の裏手から下りて来る事になりました。参拝に訪れた時は、寺用でお留守でした。本堂内の書置きを頂いて、お寺を後にしました。
三浦三十三観音霊場 第7番札所。
鎌倉幕府創設に当って北条氏と共に貢献度が高く主導権を争った三浦氏の惣領であった三浦義村公開基1200建立、でその菩提寺と言われます。墓所は向いの台地にありますがお寺には義村公の鞍と鐙が保存されていて住職さんが在住なら話と御物を見せて頂けます。評価が高いのはその辺りの交流があったので、後は西堀栄三郎・植村直己・多田雄幸顕彰之碑も有ります。
NHK大河ドラマの「鎌倉殿」の三浦一族のゆかりの地として、当日は開場されていませんでしたが、静かなる落ち着きあるお寺でした。
福寿寺は、正治2年(1200年)に、三浦大介義明の孫「三浦義村」を開基として建立されたお寺です。三浦一族と源氏挙兵のために命を賭した祖父の三浦義明、鎌倉幕府の有力者となった父の三浦義澄の跡を継ぎ、三浦氏の最も隆盛の時代を築いた人物でもあります。お寺には、行基菩薩の作と伝わる聖観世音菩薩をご本尊とされていますが、寺宝として、三浦義が使用した鞍、鎧、脇差等が保存されているそうです。三浦義村と云えば、従弟の和田義盛と比べると策士という感じですが、やはり遺品を見れば、流石の坂東武者という感じです。因みに、義村の遺した鞍に触れると麻疹(はしか)が軽くすむという言い伝えが残っているそうです。また、近くには、三浦義村のお墓も残されており、あわせてお参りしました。北条義時との盟約により三浦一党の隆盛を得たことで、逆に息子の泰村の時代には、北条氏との絆が細ったことから三浦宗家は滅亡することとなります。春の三浦半島を歩くと、見える範囲が全部が畑で!本当に驚きます。三浦の豊かさが三浦一党を支えたんだろうなぁと納得してしまいました。本当に一面のキャベツ畑には驚きます。
本堂まで車で行くと、急な上り坂で途中Uターンぎみの坂を曲がるとお寺さんに着きます、御朱印は頂きました。
三浦三十三観音第7番聖観世音菩薩三浦義村勝軍地蔵(三浦地蔵尊12番)
| 名前 |
福寿寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
046-886-0101 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
三浦三十三観音霊場 七番札所 臨済宗建長寺 聖観音菩薩。