高野山真言宗の静寂な境内。
文殊院の特徴
高野山真言宗の文殊院は八十八ヶ所霊場結願の重要スポットです。
静かな住宅街に位置し、広い境内で猫との出会いも楽しめます。
京王井の頭線の永福町駅から徒歩20分、隠れたお寺です。
江戸御府内八十八ヵ所霊場の参拝でお伺いしました。高野山真言宗のお寺で遍照山高野寺文殊院といい、御府内八十八ヵ所霊場札留(結願寺:第八十八番札所)のお寺です。御本尊は弘法大師になります。文殊院は天正年間(1573年~1591年)木食応其上人によって高野山に開創されたが、慶長七年(1602年)二世勢誉がに駿府(静岡市)に招かれ一寺を建立した三世応昌は寛永四年(1627年)浅草に二千七百坪の寺地を与えられて江戸に移ってきた。元禄年間(1688年~1704年)の初めに高野山で行人方(ぎょうにんかた)と学侶方(がくりょかた)の僧が対立し、行人方が敗訴したため行人方の触頭だった文殊院は寺地を没収されてしまった。のち元禄九年(1696年)に白金台町(港区)に九百坪の寺地を与えられ高野山総分方在番所(白金高野寺)として再建されたが、明治になってから境内が官有地になり大正九年(1920年)現在地杉並区和泉に移転した。昭和二十年(1945年)五月の東京大空襲で御本尊以外を全て焼失したが、昭和二十九年(1954年)に現本堂が完成した。
閑静な住宅街にあるお寺。真言宗のお寺で本尊は弘法大師。西国八十八カ所のお砂踏みを踏みながらお詣りできます。立派な弘法大師の銅像もあります。一息つくベンチもあり、静かに一休みもできます。
たくさんの猫🐱ちゃんと遭遇しました🤗歓迎されてるようで、感激しました🥰
お勤め中でお忙しい中、奥様?がご朱印の対応をしてくれました。江戸御府内八十八箇所の結願寺なのですが、疫病退散を祈願しました。
高野山真言宗のお寺で、御府内八十八ヶ所霊場結願のお寺。御本尊は弘法大師座像。仏像ではなく宗祖の座像が御本尊というところが結願寺らしい気がします。1600年に駿河国駿府で開創。1627年に江戸浅草に駿府城北の丸の建物を拝領の上移築移転。1696年に麻布白金台に移転。この麻布白金台時代に御府内八十八ヶ所霊場が開創。大正9年、現在地の和泉に移転。江戸期の文殊院は高野山在番所行人方触頭という真言宗でも重要なお寺だったそうです。御朱印を頂きに参拝しました。
住宅街にあります。なにか懐かしいような佇まいのお寺です。お大師さまと文殊菩薩さまに真言を唱えて、温かい気持ちでお寺をあとにするとき、出迎えてくれた茶のネコに加えて、黒のネコも出てきて見送りしてくれました。
京王井の頭線「永福町駅」から、神田川沿いを歩いて約20分くらいのところの住宅街にあります。「一本橋」という橋が目印になります。弘法大師さまの大きなお墓があって、学業の祈願にいらっしゃる方も多いようです。(お供物は持ち帰ります。)御朱印:初穂料300円。本殿の右手にあります、二階建ての住居のインターホンを鳴らします。明朗闊達な方に達筆な御朱印を書いていただけます。字に勢いがあって好きです。所々にベンチがあって、歩き疲れた体と頭を癒してくれますよ。
高野山真言宗の文殊院は、遍照山高野寺と号し、慶長5年駿府に木食応其を勧請して勢誉師が開山しました。寛永4年浅草に、元禄9年に白金に移転し、高野山在番所行人方触頭を勤め、御府内八十八ヶ所霊場の打留札所となっていました。大正9年に区画整理により当地へ移転しました。(「猫の足あと」より)派手さはありませんが、綺麗に整備されたお寺です。御朱印あります。
雰囲気のよいお寺。
名前 |
文殊院 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
03-3328-2077 |
住所 |
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評価 |
4.2 |
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御朱印のみですとても静かで広い境内でした令和ニ年発願から周り始めて令和六年の今日結願となりました八十八ヶ所最後今日は大師様の誕生日です御府内八十八ヶ所霊場第八十八番札所弘法大師。