名古屋城西之丸の早咲きシダレザクラ。
西之丸の特徴
名古屋城の西之丸では、早咲きのシダレザクラが楽しめますよ。
西之丸には尾張藩の米蔵が6棟もあり、歴史を感じられます。
六番御蔵の地下遺構の展示は、訪れる価値がありますね。
☆西之丸に六棟あった米蔵「六番御蔵」地下遺構の平面表示展開、地下遺構の礎石が置かれ米蔵の大きさが想像できます、その梅並木の向こうに名古屋城天守が聳える風景も中々良いです😄
2026年3月の週末に見学。城宝館は、小振りだけど質の高い展示館。展示品の撮影もOK。数ヶ月ごとに企画展だけで回していく方式で、内容はとても良いのにこの施設のPRや誘導情報がまったく足りないため、閑散としていてもったいない。是非訪問を!
西の丸は本丸南西に位置する。正門をくぐった先が西の丸となる。名古屋城西の丸には米蔵が6棟建っていたという。米蔵は現存していないが、2棟が外観復元されている。(ひとつは城宝館)また、発掘調査で確認された1棟は礎石が確認できるように整備されている。
西之丸の米蔵(こめぐら)と御蔵構(おくらがまえ) 西之丸には、尾張藩の備蓄米を保管する米蔵が6棟ありました(一番御蔵(いちばんおくら)~六番御蔵(ろくばんおくら))。米蔵が立ち並ぶ空間は御蔵構と呼ばれ、食糧を貯蔵する大切な場所として、周囲は高塀(たかべい)や蔵の壁によって閉じられ、御蔵御門(おくらごもん)によって出入りは制限されました。 米蔵は大正時代までにすべて取り壊されましたが、 三番御蔵(さんばんおくら)と四番御蔵(よんばんおくら)は蔵の外観を復元しています(西の丸御蔵城宝館(おくらじょうほうかん))。他の4棟の米蔵と御蔵御門(礎石(そせき))、水道(みずみち)は、発掘調査や文献史料に基づいて、現地に位置を表示しています。
名古屋城の西之丸です。西之丸というと一般的には隠居した藩主が住むところとされていますが、どういう訳か名古屋城はそうではありませんでした。実際名古屋城の復元模型や絵図を見ても前藩主が住めるような御殿は無く米蔵が建てられていたようです。そして現在ではかつての米蔵を模した名古屋城城宝館が建てられています。ここでは定期的に名古屋城に関する企画展が開催されています。天守に立ち入れない現在、このような施設があるのは嬉しいですね。そして西之丸のもう一つの見どころは「必勝 カヤの木」です。これは推定樹齢600年という榧(カヤ)の巨木で名古屋城築城以前からこの地にあったといわれています。言い伝えによると、家康もこの木の下で名古屋城築城のプランを練っていたとか。歴史のロマンを感じますね。追記 名古屋城夏まつりの時にはここで盆踊り大会が開催されます。どういう訳か私も今年は参加してみたくなったので行ってきました。会場では老若男女が大勢踊っていました。中には外国人の姿もありました。私も踊ろうかと思いましたが、踊りができないので止めておきました。来年は踊りを覚えて参加できたらと思います。何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ『閑吟集』遊びをせんとや生まれけむ戯れせんとや生まれけん遊ぶ子供の声聞けば我が身さへこそゆるがるれ『梁塵秘抄』
ソメイヨシノより早咲きのシダレザクラが綺麗でした。
| 名前 |
西之丸 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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名古屋城の西側に広がる「西之丸」は、本丸の南西に位置し、城の物資管理を担った重要な区域です。内部には「御蔵構(おくらがまえ)」と呼ばれる六つの蔵が並び、米や兵糧、武具などを保管する拠点として機能していました。南側には三之丸とつながる枡形門・榎多門が設けられ、周囲には未申隅櫓・月見櫓・多聞櫓が配置されるなど、防御面でも重要な役割を果たしていました。物資の管理と防御を両立させた、名古屋城の“後方支援基地”ともいえる場所です。現在は建物こそ残っていませんが、広い空間と石垣の配置から、かつての御蔵構の規模と機能を想像することができます。華やかな本丸や二之丸とは異なる、名古屋城の実務的な一面を知ることができるエリアです。