竹野神社で感じる神秘の道。
竹野神社の特徴
神秘的な雰囲気が漂う竹野神社で心を癒やしましょう。
竹野神社の前にある二本の石柱が印象的です。
六世紀末の鬼討伐に関連する歴史が感じられます。
とても神秘的な雰囲気の漂う神社。御朱印は、入り口にある宮司さん宅で頂くことができます。
竹野神社(たかのじんじゃ)と斎宮神社(いつきのみやじんじゃ)神社の前に二本の石柱がありました。竹野神社と斎宮神社。境内はシーンと静まりかえっています。中門は向唐門(むかいからもん)。神社としては珍しい。本殿の前に拝殿がありましたが、お賽銭箱は本殿の前に置かれてありましたので直接本殿でお参りさせていただきました。本殿の隣に小さなお社、こちらが斎宮神社です。社務所で御朱印をいただきました。神社の近くに「道の駅 てんきてんき丹後」があります。竹野神社の祭礼の時の掛け声が「コエカケ、コエカケハジメヨウ。テンキテンキ、ヒヨリヨイサ」から由来されたそうです。
【参拝日時】2023年8月(祝日)【駐車場】無料【御朱印】あり竹野神社(たかのじんじゃ)は「天照皇大神」を祀って創建したといわれる由緒ある神社。ひっそりと佇む、静かで落ち着いた雰囲気の神社でした。その時は参拝客もいなくて、少しタイムスリップしたような感覚になりました。社務所は呼び鈴を押すと宮司さんがいらしてくださり御朱印を拝受してきました。社務所の外には縁台がありますのでここで休憩ができます。
六世紀末の、麻呂子皇子による大江山の鬼討伐。海の立岩に、そして南の鬼神塚に封じられた鬼を静めるために、1400年以上もこの地を守ってくださる神社。さらに、もっと前。四世紀頃の竹野姫や日子座王命を奉る神社。古代ファンも鬼伝説ファンも、一度は訪れるべき。ちなみに、沖ノ谷集落の鬼神塚も今回の訪問でなんとか発見できました。旧暦霜月丑の日の深夜に、しめやかに行われる鬼への給仕や、12月の鬼祭の秘祭などなど。祭儀について詳しくお伺いしたい!でも詳しく聞いたものは三年以内に命を失うとの伝説もある!と、葛藤しつつ神社を後にしました。
竹野神社(たかのじんじゃ)は京都府京丹後市丹後町の国道75号沿いで神明山古墳の北東側の依遅ヶ尾山山麓に鎮座する神社です。ご祭神天照大神摂社の斎宮神社のご祭神は、日子坐大命、建豊波豆良和気命、竹野媛命旧社格府社竹野郡14座の式内社(大社)地域住民から大切にされているようで、綺麗に整理されてます。境内には社号標石、灯篭、鳥居、狛犬、節末社、中門、社殿、本殿などがございます。参道入口の南側に「式内竹野神社」、北側に「斎宮神社」と刻まれた社号標石が建てられています。中門には「斎宮神社」(いつきのみや)と記された木製の扁額がかかり、本殿の扉に菊と桐の紋が付けられておりました。豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)の巡歴した元伊勢の吉佐宮のひとつと考えられている神社です。参道から西南側に脇道の坂を上ると神明山古墳があり、一説によると丹波道主命あるいは竹野媛が祀られているそうです。社頭案内板竹野神社は、「延喜式」の神名帳で大社として記される。 祭神は天照大神であり、本殿と並んで摂社斎宮神社があり、 祭神として日子坐大命、建豊波豆良和気命、竹野媛命を祀る。 竹野媛は丹波大県主由碁理の娘で、第九代開化天皇の妃とな る。「古事記」「日本書紀」にも記され、竹野神社は竹野媛 が年老いて天照大神を祀ることに始まると伝えられる。斎宮神社には、第三十一代用明天皇の皇子である、麻呂子 親王も祀られ、鬼賊退治と丹後七仏薬師の伝承がある。この 伝承は「等楽寺縁起」「斎明神縁起」として絵巻に描かれ、 京都府登録文化財となっている。現在の社殿は文政十三年(1830)に再建されたもの である。本殿は規模の大きな一間社流造で装飾が抑えられた 荘厳な建物であり、斎宮神社本殿は対照的に小振りな一間社 流造で賑やかな装飾を有している。中門は神社の門としては 珍しい向唐門の派手な印象を与える建物で、いずれも京都府 登録文化財として指定されている。この地に竹野区に伝えられ、竹野神社の祭礼に演じられる 郷土芸能「竹野テンキテンキ」は、子供六人からなる素朴な ものであるが、風流囃子物の古い形をのこす芸能で、京都府 登録文化財に指定されるなど優れた文化財を伝えている。(2021/7/18撮影)
【元伊勢】🅿あり(丹後古代の里資料館に停めてもいい様子)【2022.6.25】齋宮神社と複合している感じで、正直なところ、どこが境界線かな分からなかった💦暑くて逃げ帰ったとも…社殿扉に浮彫られた菊の紋により元伊勢かと思えるが、桐の紋は何だろう?真名井神社は左三つ巴。勉強してないだけとも…
近隣の歴史館の駐車場に車を止めて参拝。鳥居から中門までの空間が圧倒的な結界を示していて空の流れが異なる素敵な場所です。中門は神社には珍しく若干派手めな造りです。祭神は天照大神です。ただ本殿と並んで斎宮神社もあるので2つの神殿がある様に見えます。1830年に再建された一間社流造の両殿は色付けもなく派手さは無く歴史的には浅いですが、何かしら厚みを感じさせてくれます。
第9代開化天皇の妃となった竹野媛が年老いてから丹後に戻り、ここに天照大御神を祀ったのがこの神社の始まりだという。その頃から丹後の王権は大和と強く結び付き、妃を差し出すことで安定した従属関係にあったのだろう。丹後王国についてはすぐそばにある、古代の里資料館に行けばわかりやすい展示により理解が深まることと思う。竹野神社本殿は江戸時代に建てられたもので、京都府登録文化財に指定されている。
由緒ある神社の雰囲気がある。参道両側から大きな木がドーム?状にせりだし見事。丹後地方には漠然と歴史的に面白いと思いながらも事前知識無しに散策させてもらった。竹野神社も前の博物館に来た際に気が付いたのだけど、丹後の歴史を調べるなか、とんでもない位重要な神社だと気が付いた。垂仁天皇の妃であった竹野媛が地元に帰されたのは丹波道主命の要望であったと想いたい。峰山盆地を中心にして場所的にも野田川、竹野川、川上谷川流域に古代国家が見えて来たぞ!(訂正)竹野神社の案内の看板に開化天皇の妃、竹野媛とある。丹波の大縣主由碁理の娘、竹野姫が竹野神社に祀られているのだろう。一方で、丹波道主命の姉妹たちが垂仁天皇の皇后や妃になっていた。その中に竹野媛がおられたので私は短絡的に垂仁天皇の妃が竹野神社に祀られてると勘違いした。(何分にも素人のうえ高齢化につき誤りまして謝ります。)
| 名前 |
竹野神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0772-75-0600 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 8:00~17:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
2024/12 参拝素晴らしいです狛犬は二の鳥居先に2対立派に上を向いている構え狛犬が良いです何より参道が最高に良いです中門を抜けると拝殿、本殿がありますねこの中門の造りは見ているだけで楽しいです本殿は左側、右側は斎宮神社道の駅から歩いて行けるので、そちらに行った際には是非立ち寄ってみては?