光秀公が築いた堤防の跡。
蛇ケ端御藪(明智藪)の特徴
由良川と光秀堤の全景が眺められる場所です。
明智光秀の築いた堤防が今も残っています。
竹藪の中に光秀公の事績が息づいています。
明智光秀公が由良川、土師川の合流点となるこの場所に大堤防を築き、川の流れを変えさせたと伝わっています。
光秀公の事績の一つ。TVの歴史番組で観たのを実際目にすると感慨深い。
明智光秀により築かれたとされる堤防とのこと遠くから見るとただの竹藪だが明智時代の町造りの痕跡。
☆以前から来て実際に見たかった場所=明智藪、正式には『蛇ケ端御藪』😲「明智藪」だと、明智光秀が討ち取られた京都伏見の小栗栖の「明智藪」と名前が被りますね⁉️説明板には「光秀堤」とも記載されていたので、これはシックリきました😁1580年頃の数年、福知山城を領有し善政を敷き地元から敬慕された明智日向守光秀の治世の名残りでしょうか🤔☆写真や雑誌で見るより大きな竹藪、昔は500mほどあって、今は北端の1部だけ現存してるそうです、説明板のある場所から堤防を北に上がって音無瀬橋の上から遠望すると由良川と光秀堤の全景が眺められます、写真で見た風景だ‼️
| 名前 |
蛇ケ端御藪(明智藪) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
京都府福知山市の由良川沿いに残る、明智光緒が築いたと伝えられる堤防の跡です。かつて水害に悩まされていた福知山の城下町を守るため、光秀が川の流れを制御し、湿地を切り拓いて現在の街の基礎を築いた治水事業の象徴として知られています。川の氾濫を防ぐためにあえて薮を植え、根を張らせて地盤を固めるという、当時の高度な土木技術の知恵が今に息づいています。光秀が領民の暮らしを深く慈しみ、安全を願って心血を注いだ軌跡として、今も福知山の人々に大切に語り継がれている歴史遺産です。