桜並木と癒しの参道。
六所神社の特徴
六所宮の別称を持つ大國魂神社で創建された神社です。
桜の参道が続き、途中に小川や児童公園もある癒しスポットです。
西武池袋線の沿線にあり、電車からも美しい提灯が見えます。
少し足を伸ばして参拝に行きました。創建について府中の大国魂神社から勧請されたらしいです。住宅街にある小さな神社です。⛩️
西武池袋線西所沢駅より西へ線路沿いに数分の所にある神社。創建の時代は不明だが、江戸時代末に六所宮から六所神社に改称された。拝殿左手には境内社の八幡神社と御嶽神社がある。御朱印は毎月1日と15日の午前中(8時〜11時)のみ頂ける(書置き)。御朱印の右下に三つ巴の印が押されているが、1日は緑、15日は赤の印が押される。1日と15日の午前中に氏子さんたちの集まりがあるようで、氏子さんが御朱印対応してくれる。
池袋線と東川に挟まれた左岸段丘にある神社で、勧請した大国魂神社は武蔵大国魂神のほかに一宮から六宮に至る六社を奉祀していることから六所宮とも称し当社もこれに倣って六所神社となったようだ、参道が東川に架かっており川沿いの桜並木が綺麗だった。
六所宮の別称のある大國魂神社を勧進し創建されたため、この名がある。創建年は不明。境内社に御嶽神社と、養蚕の神様を祀った蠶影(こかげ)神社がある。拝殿扁額には「新田之末裔 源朝臣道純謹書」とあり、その左には「御神徳」書かれた下に日露戦争従軍軍人の方のお名前が並んでいる。狛犬は2004年造と新しいが先代(境内裏に安置)を模したもので、雰囲気はレトロである。地蔵堂や児童遊園地また東川と併せ、サイクリングの休憩地に利用させて頂いている。
六所宮の別称のある大國魂神社を勧進し創建されたため、この名がある。創建年は不明。境内社に御嶽神社と、養蚕の神様を祀った蠶影(こかげ)神社がある。拝殿扁額には「新田之末裔 源朝臣道純謹書」とあり、その左には「御神徳 明治三十七八年戦役記念」と書かれた下に日露戦争(1904-1905年)従軍軍人11名の方のお名前が並んでいる扁額が掲げられている。氏子の方々であろうか。狛犬は2004年造と新しいが先代(境内裏に安置)を模したもので、雰囲気はレトロである。地蔵堂や児童遊園地また東川と併せ、サイクリングの休憩地に利用させて頂いている。
立派できれいな神社です大きな木がいくつもあって癒やされました。
すぐ前が児童遊園地です。
西所沢駅から数分、線路脇にある小さな神社。毎月1日と15日に御朱印が頂けるということで参拝したが、御朱印は午前中のみらしく、午後窺ったら御朱印は頂けなかった。
このあたりの氏神様です。普段は、とても静かな神社ですがお正月やお祭りには屋台が出たりしてとても賑やかで楽しい雰囲気です。御朱印は、毎月1日、15日に頂けます。8時から11時まで受け付けているようです。お正月限定の御朱印があるということで頂いてみました。今はコロナ対策で、書き置きのみとの事です。お祭りも、中止になる事があるので念のため確認してからお出かけした方が良いかもしれません。目の前に公園、近くに小川があり春には桜がとてもきれいです。電車が通るのが見えるのでお子さま連れにもいいかもしれません。小さいですが、季節が感じられる神社です。
| 名前 |
六所神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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埼玉県所沢市上新井に鎮座する六所神社の書き置き御朱印(左・毎月1日に授与されるもの 右・正月限定で授与されるもの)を頂きに参拝しました。創建年代は不明ながら府中の大國魂神社を勧請した神社となってます。本社の大国魂神社は武蔵大国魂神のほかに国内の諸神中、特に由緒顕著なる一宮から六宮に至る六社を奉祀していることから六所宮とも称すため、こちらの六所神社もこれに倣って六所神社と呼ばれています。この上新井の地は、弘法大師が通りかかり、ちょうど喉が渇いていたため、近くの女性に水を求めたところ、水利において不便な地のためわざわざ遠くの水場へ水を汲みに行き、その水を弘法大師に与えた。それを不憫に思った大師は、良き水を願い地面を杖で突いた。そしてその杖を突いたところを大師が掘るように伝え立ち去ったあと、実際に村人が井戸を掘ってみると果たして水が湧き出してきた…という、弘法大師の水伝説として諸国に伝わる内の一つが残る古い土地であります。そもそもこの六所神社の東を、南北に鎌倉街道上道とその元となる古代の東山道武蔵路が抜けていたため、古代からこの辺りには人居往来があり、その道を通り府中の大國魂神社の御魂が運ばれてきたのは確実。となると鎌倉時代、更に遡って平安時代もありうるかもしれません。先ほどの弘法大師の水伝説に象徴されるように、この鎌倉街道(東山道武蔵路)沿いには、水利が不便であったが当時の井戸掘技術がまだ未熟であったため、羽村のまいまいずの井戸のように地面を丸く掘り込み、その真ん中部分に井戸を掘る形式の井戸が、失われたものも含め多く点在していました。現在も残る入曽の七曲井は、作られた時代が奈良時代(なんと江戸時代まで使われていた記録が残る、1000年近く使われていた井戸)まで遡るそうで、その井戸作成の際には府中国府の国衙から役人が監督に来ていたそうです。律令制の国家事業として当時の武蔵国が、この所沢を中心とした東山道武蔵路の駅路沿線に井戸を幾つも掘ったようです。なのでこの上新井に府中大國魂神社からの御分霊を六所神社として祀り上げられたのも、創建年代は不明でも平安時代や鎌倉時代だった可能性も不自然な話ではないかなぁ…と思います。こちらの六所神社は普段は無人で御朱印を頂くことは出来ません。しかし毎月1日と15日の月次祭の日の午前中には氏子の方々が神社の清掃や社務で社務所を開けられますので、そこで訪問すれば書き置き御朱印を頂くことができます。今回は通常授与されるものを頂きましたが、社務の方が「お正月に授与しているものも残っているので差し上げますよ」と言っていただき、ご厚意により正月現在の書き置き御朱印も有難く頂戴しました。鎮守の森と目の前を流れる東川に囲まれた境内からはすぐそばを西武池袋線が走ってるのが見え、更に向こうの所沢市街のタワーマンション群との対比で気持ちのいい空気と景色を感じることができました。最寄り駅は西武池袋線の西所沢駅となります。