間宮林蔵の出航地で、感慨深い時を。
間宮林蔵渡樺出港の地の特徴
幕府から樺太探検を命じられた地です。
間宮林蔵が出発した歴史的な場所です。
晴れた日でも樺太は見えづらいとのことです。
樺太を探検した事で有名な偉人『間宮林蔵』が渡樺したとされる地。生涯で二度渡樺しており、一度目に樺太が島であり、大陸との間に海峡(間宮海峡)が存在する事を確認。二度目は単身で赴いて大陸に渡り、北東アジアを探検した。詳細は北方記念館か樺太記念館で知る事ができる。ちなみに間宮林蔵は戦国時代、後北条氏に仕えた戦国武将で「山中城の戦い」で討死した間宮康俊の子孫。
2度に渡って樺太を探検した間宮林蔵の出航の記念の地です。4月でしたが遠くに流氷らしきものも見えました。
名前を聞くのは歴史の教科書以来。水平線に樺太が見えます。
文化5年(1808)、幕府から樺太探検の命を受け、樺太探険に出航した地(宗谷岬から西へ3kmの海岸)に建てられたそうです。
間宮林蔵さんの出航の地を発見ちゃんとモニュメントとして残ってるんだ〜宗谷岬の少し手前にありましたものすごく穏やかな海岸で、海は藻に覆われていてかなり遠くまで浅瀬に見えますその当時もこうだったのかは分かりませんが、港などない時代には出航に適した場所だったのだろうと推察しますここから樺太へ探検へ行ったのかぁ〜どんな心持ちだったのだろうと樺太方面を眺めながら想いを馳せてみます完全な凪波のない海を見たのは生まれて初めて高原にある湖かよ!って思えるほど静かいつもとは違う雰囲気の感動的な風景に出会えました波のない海って本当に不思議な気分。
間宮林蔵が樺太探検に出発したといわれる場所。
間宮林蔵渡樺出航の地から、晴れた日でも肉眼で樺太を見ることは難しいのに、よくぞ樺太に渡り島を探索したものだと感慨深いものを感じます。
遂に来ました。天気に恵まれ なんとこの場所から樺太も見渡せました❗帰らない場合は墓とすべしと言い残した林蔵の決意がひしひしと感じられ熱いものが込み上げてきました。
宗谷岬の手前に間宮林蔵出向の碑があり。宗谷岬最北端の碑の前には間宮林蔵の像もある。稚内市樺太記念館にも立ち寄ってほしい。茨城県つくばみらい市出身の間宮林蔵が最北端のこちらまで来ていたとは‥。間宮海峡の名付け親である間宮林蔵です。ぜひ、茨城県の生家や師匠である伊能忠敬は千葉県香取市に記念館にもも足を運んでください。
| 名前 |
間宮林蔵渡樺出港の地 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0162-23-6161 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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北海道・宗谷地方、稚内市にある史跡です1808年4月、この地から間宮林蔵がアイヌの従者とともに樺太へ向けて小舟で海へと漕ぎ出しましたここから海峡を手漕ぎ船で渡ったかと思うと驚きを禁じえませんここでは間宮林蔵の功績については触れませんが歴史を知るものにとっては感慨深い場所です撮影した写真には拡大すると海のかなたに樺太が写っています肉眼でなんとか捉えるレベルです快晴時であれば見ることができますなお、この場所は宗谷岬から稚内市街に向かって右側にあり数台分の駐車スペースがあります。