ケヤキの存在感、歴史が息づく社。
瀬谷日枝社の特徴
横浜市指定天然記念物の大きなケヤキが圧巻です。
鎌倉時代からの歴史を感じる立派な社殿があります。
敷地内に美しいアジサイが咲き乱れる穏やかな場所です。
日枝社は「ひえしゃ」と読む。江戸時代には山王社と呼ばれていたとあるが、それ以前は何と呼ばれていたかよく分からない。1570年ごろに牛頭天王を祀ったとあるから天王社だったかも知れないが、そのような旨はどこにも書いていない。とにかく、ここのケヤキは大きい、圧倒的だった。というかケヤキから数歩のところに、社務所・・というより民家のように見えたが、生活音がめっちゃ聞こえる、凄いところに住んでるなと。さて、鳥居の横にある庚申塔、天和3年(1683年)、瀬谷区では古い方。青面金剛像の足元が妙に賑やかだ、また、青面金剛像の足のポージングが右足と左足で異なる。鳥居の左側に護蚕祠と書かれた祠があるが詳細不明、泉区には蚕の供養塔があったが、近しい何かだろうか、また菊の花の文様かどうか分からないが、花のマークも気になった。
オヤジ駄俳人。鳥居をくぐり。均等な高さの木々の先、本殿の横にヒトキハ目を引く巨大なケヤキがある。ケヤキの下に説明看板があり、「牛頭天皇(スサノオノミコト)を祀っていたが、何かのたびに流行病や大ゲンカがあるので、氏子達が相談して、本殿とケヤキの間に埋めてしまったと言われている。」まじか?!神様埋めるかね。曲がりなりにもどこか名のある所から勧請したのに、御利益が無いからって埋めるかー。この世で一番恐ろしいのは、怨霊でも神様でもなく、人間かもしれない論争が始まっちゃうよ。まあ、言い伝えなので、埋めて無いかもしれないし、埋めたけど掘り返して本殿に合祀してるかもしれないし。埋めたのも、涙涙の決断だったと思いたい。ここで一句。氏子達 神様埋める 恐ろしさーーーーーーフォロー。鳥居から本殿までのスコーンと長い白い石畳が素敵です。アト、こういう言い伝えも看板にするイサギヨサが良いじゃないですか。ーーーーーー創作昔話、○○家の御神体。むかーし、むかし、ある村に神社があった。「また流行病だー!」「また大ゲンカだー!」、その村では流行病やケンカが絶えなかった。「わしらがこんなに神様にお祈りしているのに、いっこうに良くならん。どういう事じゃ」「実は神様じゃ無くて、疫病神なんじゃないか?」「もう、こんな神様は埋めてしまおう」・・・「かっ、神様を埋めるなんて、祟りでもあるんじゃないか」「病やケンカが絶えないというのに、これ以上祟られる事があるか!」そうじゃそうじゃ。その昼、氏子達が集まって本殿とケヤキの間に埋めてしもうた。その夜・・・「やっぱり、神様を埋めるなんて、バチ当たりな事は、オラには出来ない!」と、○○どんが氏子達に隠れてこっそり掘り返し、御神体を丁寧に洗って、自分の家の神棚におマツりした。村人達は、相変わらず流行病やケンカに巻き込まれたが、○○家だけは難を逃れた。その後、○○家では代々神棚の神様を大事にし、一大名家となったとさ。めでたしめでたし。
立派な社殿と巨大なケヤキが印象的だった。縁起・由来が残っていないのが不思議な程。地元での崇敬、信仰はかなりあるようだ。獅子と龍の目が金色なので迫力がある。
厳かな本殿が魅力的な神社です。秋には銀杏の葉が色付き、季節を感じさせてくれますが、何年も前からトイレは故障中で立ち入り禁止、手水屋も無いにも関わらず、神社の敷地を囲むようフェンスが建てられました。その為、年に数回あるイベントや、初詣の時期以外に神社管理側の“頑張り”を感じられない神社です。今後の改善に期待しています。
大きなケヤキが横浜市指定天然記念物。
以前この神社の近辺に居住していた頃、認知症の母を車椅子に乗せて、ヘルパーさんと一緒に散歩しに来たことを思い出します...ここは参道が平坦なので、ヘルパーさんの提案で母を車椅子から降ろし、歩行器を使って参拝しましたが、疲れたから帰りたいと母が言いだしたので車椅子に戻し、境内を一回りして滞在時間15分程で家に帰りました...あれから10年。その母も5年前に旅立ちました。
立派な欅に守られた社。
大きな欅の姿に圧倒されます。何百年この地で生きてきたのかと思うと元気が出ます。
狛犬といちょうが迎えてくれました。
| 名前 |
瀬谷日枝社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
045-301-1306 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
〒246-0015 神奈川県横浜市瀬谷区本郷1丁目18−9 日枝神社 |
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