咳神様の石仏を感じる旅へ。
名前 |
百日咳の仏様打戻の慶蔵院様 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
https://www1.fujisawa-kng.ed.jp/kyobun-c/index.cfm/11,3276,68,html |
評価 |
4.0 |
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慶蔵院様と呼ばれる咳神様の石仏。昭和初期頃までは、風邪や百日咳が流行すると、竹筒に入れたお酒を供えてお参りする人々が絶えなかったと云われています。畑の一画にコンクリートブロックに囲まれた区画の真ん中に、こんもりとした茂みに石仏が、在ります、石仏の前にはお墓用の花立、水鉢、香炉 一体型の石台があります。民話にはこうあります、慶蔵院様はこの場所から南に在る称業山薬応院大法寺という浄土宗のお寺の住職慶蔵坊で、村人に慕われていました、お酒が大好きなお坊さんで、喘息を患っていました、ある時咳が止まらず苦しくて、食べ物も喉を通らなくなり、大好きなお酒ばかり呑んで過ごしていました、この時、村では百日咳が流行り赤ちゃんや幼児達が次々に倒れて村人は苦しんでいました、この様子を見た慶蔵坊は私も年をとり、喘息持ちの身、もう歩く事もできない、長くない命でしょう、この身を埋めて即身仏となり、疫病、悪霊を払ってやろう、私は喘息で苦しんだので、死んだら咳の神様になって咳に苦しむ人々を助けてやりたいと、生入定する事を、村人に話しました、村人達は相談を重ね、北方の村境に土地を求め、場所が決まると、お寺からその場所までの道程に丹精こめて織り上げた菰を敷き詰めました、慶蔵坊は菰の上をその場所まで這って進み、生入定しました、生入定する穴には息抜きの竹筒を通してあり、そこから読経と鐘の音が聞こえなくなるまでは大好きなお酒を竹筒に流し込んで欲しいと言う慶蔵坊の遺言に従って、村人達はお酒を流し込みました。その後、悪疫も治まり、喜んだ村人は、慶蔵院様と崇めて、その地に石仏を建立しました。