江戸時代の美、長徳寺で法要を。
長徳寺の特徴
浄土真宗大谷派の本格的なお寺であること。
100回忌法要の催促が行われる、信仰を大切にする場所。
常に綺麗に管理されている清潔感あふれる環境。
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浄土真宗大谷派のお寺です。
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100回忌まで法要を催促してきます。
いつ行っても綺麗に管理されており、ありがたいです。
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| 名前 |
長徳寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
046-228-5100 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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❶【参考 新編相模風土記稿 1830年】長徳寺 江戸時代のこのお寺の紹介文が以下となる。昔は真言宗であったが、 1229年~1232年(寛喜元年)住僧の某(なにがし)が足柄上郡 国府津村の眞楽寺(しんらく寺)にて親鸞(浄土真宗の宗祖)に謁し、法弟となって当宗に改めた。かつ、師より名を与えられて “浄光坊”(開基)と称した。津久井城守_内藤 綱秀(家康が東国入国前の北条家の家臣)の推挙により北条氏直が、10石を寄附する。寄付状は天正小田原の陣によりて住僧が山中に逃れし時に紛失したと伝わっている。1649年(慶安2年)8月 徳川家によって、北条氏にならって10石を寄附し、御朱印状を賜った。1703年(元禄16年)11月 出火する。1685年(貞享2年)にいただいた朱印状を燃やしてしまう。又、天正の小田原の陣で豊臣秀吉よりいただいた制札も失ってしまう。1707年(宝永4年)5月 徳川家より再御朱印を賜った。[寺寶]名號2幅 1幅は9字名號である。1幅は10字である。共に親鸞筆にて、開基“浄光”へ授与した物と云われている。△鐘楼 1780年(安永9年)の鐘をかける。銘に大住郡愛甲荘岡田邨(村)とあり此の庄名は誤りである。△塔頭(たっちゅう) 順恩寺・應念寺[號] 壽永山慈雲院[宗教] 一向宗 東本願寺 末[開基] 浄光 (建長元年6月26日)[本尊] 阿弥陀仏 長さ55㎝餘(1尺8寸2分)七條法印 作。