小野神社で感じる歴史の神秘。
小野神社 (閑香明神社)の特徴
小野神社は、奥宮を有する歴史的な神社で、独特の雰囲気があります。
バス停から徒歩35分の便利な立地に位置し、子供たちが楽しそうに遊んでいます。
延喜式内社として由緒正しく、御朱印は事前連絡で入手可能な特別な体験です。
2025年6月相模十三社巡りで伺いました。田舎のこじんまりした神社です。どなたもいらっしゃいません。正面から見て右奥に駐車場があるのですが入り口が狭くて側溝もあるのでかなり難しいです。
延喜式内社相模国十三座の内の一つである小野神社。御祭神は日本武尊となっていますが、これは明治以後に改められたもの。新編相模国風土記稿(江戸後期)などには御祭神は下春命と記述されており、武蔵国の小野神社の御祭神と同一であることから、こちらが元々の御祭神であったのでしょう。小野神社の別当は光玉山大鏡院(廃寺)という修験のお寺であったそうなので、修験を禁止した明治政府によりテコ入れされたものと思われます。お宮の雰囲気は厳粛な中にも開放感があり、とても良いです。前面の田畑が開発されないといいなぁ。
小野神社の創建年代は不明です。小野妹子の子孫と伝えらる横山氏、その分家の愛甲氏が深く崇敬したと伝えられています。祭神は、開墾の神として祀られている下春命(したはるのみこと)と、明治時代になってから祀られた日本武尊です。扁額に記されている「閑香大明神」は江戸時代に称していた神社名です。小野の「閑香さま」と一般には呼ばれていました。江戸時代に編纂された『新編相模国風土記稿』に、当時の社名は「閑香大明神」、祭神は「下春命」と記されています。この神社は延喜式名帳に「愛甲郡小一座小野神社」と記されています。
927年に京都でまとめられ書かれた神名牒の 延喜式 にこの神社名が載っている、という。古い神社といえる。❷【参考 神奈川県神社誌 1981年】小野神社 (1981年のこの神社の紹介文となる)徳川家康公の帰依による愛甲郡の総鎮守であったという。殊に愛甲三郎季隆 厚く崇敬して、祖の子孫もまた度々参詣におよんでいる。 としている。[鎮座地] 厚木市小野428[祭神] 日本武尊[境内社] 春日神社(天児屋根命) 阿羅波娑神社(あらはばき神社)(天下春命・小野神社の本来の祭神であった、という)_______________________________________❶【参考 新編相模風土記稿 1830年】閑香明神社(かんか明神社) (江戸の頃の紹介文となる)小野村の鎮守である。延喜式(えんぎしき)に載っている 小野神社 である。祭神 下春命という。神体は木像。本地仏の薬師如来を安置し、阿羅婆娑枳(あらはばき)、春日の2座を合殿としている。天正19年(1591年)2石5斗の御朱印を賜る。[鎮座地] 小野村[例祭日] 8月12日[末社] 大六天 稲荷 淡島 金比羅 山王[別当] 大鏡院。
2024年2月の週末に参拝。周りは田畑が広がっており、すぐ近くに交通量の多い幹線道路があるとは思えない長閑な雰囲気です。駐車場は鳥居の右手、境内の外側に2台分くらいありました。鳥居の脇には周辺の見どころマップ的なものがあり、併せて訪問できそう。鳥居をくぐると由緒が書かれた石板があったり、左手に手水舎がありました。また、拝殿裏には1段高くなったところに本殿が祀られています。ただ、普段は社務所などは閉められているのか、御守などの授与は難しそうです。
閑静で、厚木市にまさかの長髄彦の縁の神社⛩️がありました。出雲族と言われている系譜は私の故郷の津軽の古史古伝にも、足跡があります。あの、宮崎駿監督のもののけ姫に登場します「アシタカヒコ」のモデルか?YouTubeなんかでも話題になったいました!また、東北地方に存在する巨石信仰に由来する「アラハバキ」神をも祀っております。注意しても、見落としてしますこう言った「末社」こそ、歴史や本来の隠された格式さえも感じるのではないでしょうか!
境内は明るく子供がたくさん駆け回っていました。子供が遊び回っている神社は地域に愛されているいい神社の記です。
小野宮前というバス停から、徒歩3-5分で到着します。小さな神社ですが歴史はとても古いようです。周辺には川が流れていたり、遠くの方に丹沢の山々が見えたりして、晴れた日はのどかな雰囲気です。歩くのが好きな方で、石段を昇るのも苦にならない方は、小町神社や、子安神社(小野地区の)と一緒に訪れても楽しいと思います。小町神社を参拝するには、小町緑地のハイキングコースの一部になっている石段を結構昇る必要があります。子安神社は、石段はそれほど長くありませんが、小野神社からだと1キロ弱歩きます(小野橋というバス停からだともう少し近いかもしれませんが)。境内や周囲に自販機等は無いので、暑い時期に小町神社または子安神社に行かれる方は飲み物等用意した方がよいかもしれません。小野宮前(バス停)の近くにはコンビニと複数の飲食店があります。小野宮前を通る路線は、小田急の丹沢・大山フリーパスの乗り降り自由エリアに含まれています。このフリーパスで行けるエリアの神社・仏閣は、大山阿夫利神社と大山寺はもちろん、比々多神社、日向薬師、飯山観音、蓑毛バス停近くのお寺など色々あり、神社・仏閣が好きな方にとってはすごく楽しいと思います。有効期間も購入日から2日間でお得です。
奥宮もある立派な歴史を感じさせる神社。簡易トイレもあり。
| 名前 |
小野神社 (閑香明神社) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
046-247-2734 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
小野神社(おのじんじゃ)。神奈川県厚木市小野。式内社(小)、旧郷社。主祭神:日本武命、天下春命資料によると、小野神社の小野は地名を意味し、祭神は知々夫国造の祖、天下春命を祀つたと考えられる。古事記に、「さねさし相摸の小野に燃ゆる火の火中に立ちて、問ひし君はも」とある「相摸の小野」は当地のことだと伝える。中世「閑香大明神」と称していた。「カンカ」とも読まれるが本来は「アヰコウ」と訓み、 愛甲郡の明神の意味であろう。日本武尊が祭神となるのは閑香大明神から小野神社へと社号を改めた明治の初年頃と考えられる。もと南西400mの「神(上とも)の山」に鎮座していたといい、現在頂上に秋葉神社の小祠を祀つている。嘉永初年頃(あるいは文政の終)に現在地に遷座。扁額に現在も残っている「閑香大明神(あいこうだいみょうじん)」は江戸時代に称していた名で、小野の「閑香さま」と一般には呼ばれていた。江戸時代に編纂された『新編相模国風土記稿』からは、当時の社名が「閑香大明神」、祭神は「下春命」であったことがうかがえる。祭神が現在の日本武命となったのは明治時代に入ってからで、「日本武尊が東国に遠征する際に野火の焼きうちにあった」という『古事記』の記述の地が、小野と関係するとされたことによる。とあります。参考として、小野神社と言えば、隣国の武蔵国で武蔵国一宮を称する東京都多摩市一ノ宮に鎮座する小野神社を思い浮かべる。そちらの小野神社のところでは、小野神社につては、兄武日命がこの地の国造となり、天下春命を御祖神として奉斎したとあり、兄武日命は兄多毛比命で、その児とされる4人が、胸刺(武蔵)、波伯(鳥取西部)、大嶋(周防大島)、菊麻(上総市原菊間)の国造に任じられています。ヤマトタケルと関東東北を平らげた後、随行していたタケヒが胸刺(武蔵)の国造となり、「兄多毛比」とは「大伴武日」のこと、と推定しました。とあります。