長持山古学院で心安らぐ。
浄信寺の特徴
お墓掃除が行き届き、清々しい環境で心安らぐ場所です。
備え付けの花瓶にお水があり、心遣いが感じられます。
長持山古学院という歴史ある寺院で、納骨堂もあります。
全部のお墓に掃除をしていて、お花をいれる備え付けの花瓶にお水が半分入っていた。素晴らしいです。お盆でお墓参りのために。
納骨堂に大切な人がいます。
創価学会の永代供養を月1000円で受け付けてます。
長持山古学院と号し、浄土宗増上寺元末寺。
| 名前 |
浄信寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0463-32-5796 |
| HP | |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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金目川の洪水で悉く流されてしまって、お寺を今の地に移したものかと考えていたが、風土記をみるとそうではないことがわかる。風土記には1695年に今の地に移った とあるので、1706年の洪水は現在の地に移った後にあい、そして再建された、という流れになる事がわかる。❷【参考 相模風土記稿 1830年】浄信寺 江戸の頃の紹介文むかしは今の寺地より東南の方、200m程離れた場所にあったが、元禄8年(1695年)に此の地に移った。元の地は陸田として当寺が所有している。[號] 長持山古学院[宗教] 浄土宗 芝増上寺末[開山] 頓蓮社、相譽学源 (天文6年(1537年)6月10日 卒)[開基] 城田若狭(大永2年8月晦日 卒 子孫村人にあり)_________________❶【参考 神奈川県皇国地誌残稿 1963年】浄信寺寛永3年丙戌(1706年)3月 金目川洪水によってすべて残らず流される。享保4年己亥(1719年)2月 里の民(たみ)の城田藤平という者が、堂宇を再建したと伝わっている。[鎮座地] 七反田737番地[末] 芝増上寺 直末[開基] 城田若狭 応仁年間(1467年~1469年)[開祖] 僧_学源和尚[境内地面積] 203坪。