秘密のトンネル、歴史の息吹。
弔魂碑(播但線真名谷トンネル列車脱線転覆事故慰霊碑)の特徴
蒸気機関車からディゼル化への転換点として記憶されています。
明治時代の播但線トンネルが近くにあり、歴史的背景があります。
地元の方々がしっかり手入れをしており、尊重されています。
前回撮影出来なかったので訪問した。 旧道なのか狭いです。市川と栃原川の合流していて鉄道路線も可成りキツイRの線路でした。トンネルとトンネルの間に「弔魂碑」はありました。24歳と35歳の機関士様の「ご冥福をお祈りいたします」「アートワーク・神河」でもディーゼル機関車がゆっくり走り去り・・弔魂碑など撮影時にもディーゼル機関車が走り去りました。
人知れず存在していますが地元の方かご遺族様なのか手入れはしっかりされているようです。付近の鉄橋や川の景観もとても良いです。穴場です。
所謂「ハセイクカーブ」徒歩1分です。今の時期は草ボーボーで、ヒグラシの鳴く頃草刈りされます。昔はまかぜでよく撮影に行きました。懐かしさを感じに久々に訪れました。今は撮影対象がないので10年ぶりぐらいの訪問です。
此の事故が、蒸気機関車からディゼル化への始まりでしたね。生野駅北側のトンネル内で旅行客を迎えに行く機関車の運転士が、窒息したために 停車予定の 生野駅を停止せずに そのまま通過 生野駅から3つ目のトンネルに突っ込んだ次第らしいです。ワンパク小僧ばかりで 見に行った時には 列車の影かたちは既に無く 洗面台?白い陶器が、ころんでいた事と 日が暮れて真暗になって帰宅し皆んな親に叱られたのを 覚えてます,
| 名前 |
弔魂碑(播但線真名谷トンネル列車脱線転覆事故慰霊碑) |
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| ジャンル |
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| HP |
http://hozonsharyou.web.fc2.com/Monument/K28Hyougo/Ikuno.html |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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明治時代に作られた播但線のトンネルは開口部がとても狭い。そのまま現在も使用されているが、その狭さゆえに未だに電化工事がなされていない。ディーゼル車がのんびりと走っている。昭和34年、急勾配を登れず、狭いトンネル内で蒸気機関車が歩みを止めそうになった。機関士のお二人はどんな気持ちだったのだろう。動け動けと祈りながら必死に石炭を投入したのだろうか。その狭さゆえにあっという間に酸素が欠乏し、2人は気を失った。何とか峠を越えた汽車は気を失った2人をそのままに寺前方面へと下り降り、真名谷トンネルの手前のカーブで脱線、坑門に激突した。辛い。辛すぎる。ただただご冥福をお祈りいたします。写真は事故のあった真名谷トンネル入口。窒息してしまったのは生野峠を貫くもう少し北側(和田山側)のトンネル。