歴史感じる旧東海道の一里塚。
風祭一里塚・西の道祖神の特徴
慶長9年に徳川家康が命じた歴史的な一里塚です。
旧東海道沿いに位置し、江戸から21番目の一里塚です。
西の道祖神と呼ばれる石祠が見学できる場所です。
ちょっとした広場になる道路際の使われ方として、各種物置き的になってしまうのも已むなし。写真が撮りにくいです。
一里塚自体は残っていないが。祠が祀られている。
旧東海道 日本橋から21番目の一里塚です(84キロ)。少しづつ山里になってきました。小田原から箱根に向かう旧東海道は、一旦 国道1号線と合流して 箱根登山鉄道と並走します。そして 風祭に近付くと国道1号線から分かれ、里山のような 雰囲気の良い 田舎の街道になります。周りの山々も 緑が美しく、ススキが穂をつけてきています。ただし、10月になったのに 昼間は暑く、帽子は必要です。早川を挟んで南側には 小田原攻めで有名な 石垣山一夜城がある。風祭→入生田→一夜城→早川 のルートで1時間15分くらいで歩けます(20年くらい前に行きました)。
旧東海道踏破チャレンジ2025一里塚の説明がしっかり書かれている。
歴史を感じさせられます。s
慶長9年に江戸幕府徳川家康は息子秀忠に命じて東海道、東山道、北陸道に、江戸日本橋を起点として一里 (36町・約4キロ)ごとに塚を造らせたそうです。塚は男塚、女塚と、街道の左右に対で置かれ、広さは通常5間(約9メートル)四方 だったそうです。塚には榎を植え、旅人の1里ごとの目印とするとともに夏季における木陰の休憩場所としたみたいです。 風祭の一里塚については天保年中の相模国風土記稿に「東海道側に双コウあり、高各一丈、塚上に榎樹あり、囲各八九尺、東方 小田原宿、西方湯本茶屋の里コウに続けり」とあるそうです(ΦωΦ)
旧東海道、江戸から四十一里(84k)
一里塚。お地蔵様とともに看板があります。
この道は旧東海道ですね江戸から21番目の一里塚があった処らしい♪道祖神 1基♪石祠 1基♪他 数基 2018/04/01「小田原市の道祖神」の一覧表にによれば石祠も石祠型の道祖神だそうです「西の道祖神」と呼称されています♪単身僧形座像 1基♪石祠型 1基 2020/02/29
| 名前 |
風祭一里塚・西の道祖神 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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東海道の歩き旅の途中に立ち寄りました。江戸の日本橋から数えて21番目(約84km地点)にあたります。