静かな深沢の古社、梶原御霊神社。
梶原御霊神社の特徴
鎌倉幕府初期の御家人、梶原景時を祀る神社です。
深沢小学校裏にある静かな場所で、落ち着ける雰囲気です。
後三年の役で活躍した鎌倉権五郎景政も祀られています。
私は平日にここを訪問した。後三年の役で目に矢が刺さりながらも奮戦したことで有名な鎌倉景政を祀る。梶原景時が創建した。後に彼の嫡流の家系は大庭氏として血脈をつなぎ、源平合戦で兄弟で源平にわかれ、弟の景親は頼朝を石橋山の戦いで絶体絶命の事態に追い詰めたが後に斬首された。その時頼朝を救ったのが鎌倉氏の庶流梶原氏の梶原景時なのである。また、兄の景義は源氏に味方しその血脈を保った。景時は土肥実平の仲介で頼朝と再開しその腕を買われ鎌倉幕府の重鎮として活躍したが頼朝死後、御家人たちから反感を買われ、北条氏によって討ち取られる。その墓が近くにあるがここではないことに注意していただきたい。墓は小学校の敷地の中に存在し見学には許可が必要である。また、私が訪れたときは何匹かのタイワンリスが境内を駆け回っり、人の気配もなかった。
梶原御霊神社は、鎌倉市梶原にちょこんと鎮座する古社にゃん。建久元年(1190年)に梶原景時が祖先・鎌倉権五郎景政を祀るために建てたと伝わるにゃん。のちには景時自身も合祀されて、梶原氏ゆかりの地として歴史的・文化的価値を持つ神社にゃん。🏮由緒・歴史にゃん- 創建は 建久元年(1190年)にゃん。源頼朝の重臣・梶原景時が祖先の鎌倉権五郎景政を祀るために建てたにゃん。- 御祭神は最初は景政さまにゃん。その後、景時自身も合祀されて「御霊社」となったにゃん。- 梶原氏は桓武平氏の流れを汲む坂東八平氏の一族で、鎌倉武士の源流にゃん。- 江戸時代までは景政夫妻や景時の像をご神体として祀っていたにゃん。- 明治の神仏分離までは等覚寺が管理していて、境内には梶原氏一族の供養塔や景時のお墓と伝わるやぐらが残ってるにゃん。🌸素晴らしさにゃん- 歴史的価値にゃん:鎌倉幕府草創期の武士を祀る古社で、武家文化の源流を伝えてるにゃん。- 文化的遺産にゃん:境内には五輪塔や庚申塔があって、梶原氏一族や戦没者の供養の場になってるにゃん。- 地域の鎮守にゃん:梶原の地名とも深く結びついて、住宅街の中で静かに守り続けられてるにゃん。- 祭礼にゃん:毎年9月17日ごろに例祭があって、湯立神楽や神輿渡御が奉納され、地域の人々に親しまれてるにゃん。✨まとめにゃん梶原御霊神社は、鎌倉権五郎景政と梶原景時を祀る、鎌倉武士の歴史を今に伝える古社にゃん。境内の供養塔や伝承は、鎌倉幕府成立期の武家社会を偲ばせ、地域の鎮守として今も静かに息づいてるにゃん🐾💖
後三年の役で活躍した鎌倉氏の祖景正を祀る。その子孫である梶原景時による創建。階段上の本殿の他、階段手前に舞殿(神楽殿)がある。本殿は大きくはないが、その土台が鎌倉石の一枚岩なのに風情を感じる。また参道入口には庚申塔がある。
鎌倉幕府初期御家人様の梶原景時様に思いを馳せて、参拝致しました。境内の構造が・・・我が故郷・伊豆の国市にある、守山八幡宮にそっくりなので、ふむふむとうなりましたwミニチュア版・(遊池無しヴァージョンの)京都の下鴨神社、はたまた三嶋大社?と言っても良いと思いますw自然が豊かな山の麓にありますので、境内はひんやりと気持ちが良かったです。感謝です☆
毎年9月に例大祭を行います。
深沢小学校裏にあります。とても雰囲気のある神社。小学校や住宅街がすぐそこにあるのに、ここだけ別世界。
鎌倉に二か所ある『御霊神社(ごりょうじんじゃ)』のひとつで、とても鎌倉の感じを味わえる神社のひとつです。夏は涼しく、冬は日向ぼっこに最適な「舞殿」横に座り、時の流れがゆっくりな『鎌倉時間』を感じられる素敵な場所。第一・第二鳥居を、一礼を忘れずにご参拝する(人間のお宅を訪ねる時、玄関を入る際のご挨拶と同じ)と、神様が迎え入れてくれます。自分の信じるものを諦めないで、ご参拝するといいと思います。鎌倉の駅前につながる鶴岡八幡宮と同じ構成の境内となっております。以前は入り口に川があり、太鼓橋もありました。参道の真ん中に舞殿があり、その奥の階段を登ると拝殿。
2023/12/9鎌倉幕府ゆかりの神社で、概略は拝殿前の石碑に記してある。拝殿と思われる社殿は、開けっぴろげで何も無い。そこから本殿が見通せる。この状態は何年も同じなようだ。山の斜面にはいくつかの石塔が立つが、近くに寄れず詳細は不明。それでも、いくつかは近くで見れる。①庚申塔 (笠付/方柱/日月/青面金剛/二鶏/三猿)「(講中8名) ・天和二 壬戌 曆十一月吉日」ー1,682年建立。②堅牢地神塔 (自然石/板状)「種字◯ 堅牢地神 大正八年九月建立」ー1,919年建立。③慰霊碑 (自然石/板状)「故陸軍歩兵 一等卒/勲八等 安田定吉之碑〜大教正宗演書・明治四十年二月 前特住圓覺大教正釋宗志」ー1,907年建立。故郷の出征兵士の追悼碑。明治11年生。明治37年、日露戦争勃発。中国にて戦死した内容が記されている。(明治の漢文で良く読めない)
梶原景時の供養塔は案内もなく分かりにくい場所にありました。Googleマップでは学校校舎の裏手を表示、どうやって行くの?と思いました。参道を通り2番目の鳥居をくぐり境内左の岩壁とフェンスのきれた狭い所から入りました。岩壁沿いに歩いて行くと壁裏側に供養塔がひっそりとありました。
| 名前 |
梶原御霊神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0467-47-4798 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
http://www.kanagawa-jinja.or.jp/search_dtl.php4?jid=418&cd=1205031&scd=&npg=1 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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小さいながら雰囲気のある境内。神職が常駐しているわけでもなく、あまり頻繁に掃除の手掛かり入っていないようで、お参りした時(7月中旬)には夏草がかなり繁っていた。神楽殿があり、その背後の石段を登ると本殿が鎮座する。祭祀の折りには神楽が奉納されているのだろうか。花をデザインされた狛犬が珍しく、写真を撮って来ました♪