稲村ヶ崎からの絶景、富士山と海を堪能!
稲村ヶ崎の特徴
稲村ヶ崎は江ノ島越しに見る富士山の絶景スポットです。
湘南の風景が楽しめ、夕日と富士山のコラボが魅力の場所です。
かながわの景勝50選に選ばれた、四季折々の美しさを楽しめます。
こちらは2026年03月11日の訪問となります。鎌倉市南西部にある岬で、岬の形状が刈り取った稲束を積み上げた”稲むら(稲叢)”に似ていたのが名前の由来だそうです。岬には新田義貞が鎌倉攻めの際に潮を引かせたと伝説があり、国指定の史跡にもなっています。良質な砂鉄が採取できることで知られ、砂が黒っぽいのは砂鉄によるものだとか。
数十段の階段を上れば展望台に着き、そこから江ノ島、富士山を見渡せる。素人でもまあまあな写真が撮れる。ただ、温暖化のせいか、少し霞んで富士山が明瞭に見える日が減っているような気がする。
湘南・鎌倉を代表する絶景スポット、稲村ヶ崎。江ノ島や富士山を望む美しい海岸線が広がり、夕日の名所としても知られています。湘南らしい海と空の景色が楽しめる人気の場所です。撮影:藤吉信等SHONAN AIR WORKS JAPANドローン空撮。
江の電沿線で海と江ノ島と富士山が見える景勝地なのに、意外に混雑は少ない気がします。公園としてはそれほど回る場所も多くはないですし、わざわざ出掛けるには物足りない感じを受ける人もいるかもしれないです。ただ、海を眺めるには良い斜度がありますし、良い場所だと思います。入り口付近は2026年1月時点で工事が入っているのでその分星1つ減らしました。
新田義貞が極楽寺口を攻めきれず、手薄な稲村ヶ崎を突破して鎌倉にに攻め込んだ岬です。当時の旧暦の5月18日は大潮の時間帯で1mも潮が引いていたそうで偶然か計画していたのか分かりません。
海と富士山が見たいと思い、鎌倉海浜公園(稲村ヶ崎地区)へ行きました。最初は晴れているのに雲が多く、「富士山は見えないかな」と落胆していましたが、しばらくすると「もしかして富士山?」という輪郭が現れて、心の中でガッツポーズ(ひとりだったので)。とてもうれしかったです。
稲村ケ崎の魅力は余白が大きいことにあります。空が高い日は水平線がすっと伸び江の島が画面を引き締め富士の稜線が背骨のように全体を支えます。江の島は近景の象徴として強い存在感を放ちます。島のシルエットは単純な形ではなく微妙な起伏と建物の気配を含んでいて海景に生活の温度を与えます。空気が澄んだ日には富士山が加わります。富士は近くで見るほど圧倒的ではない代わりに遠景の象徴として風景全体の格を一段引き上げます。
美しい富士山と海のコラボレーションが見れます。マジックアワーに行くのがおすすめです。感動します。
由比ヶ浜の南西端に突き出す懸崖。現在は鎌倉海浜公園として整備されています。新田義貞の徒渉伝説の地として、また「真白き富士の嶺」の歌で知られるボート遭難の記念碑、遊歩道の先に展望台があることで知られます。稲村ヶ崎からの展望は「かながわ景勝50選」に指定されています。何と言っても、相模湾越しに伊豆の山並みに夕日が沈むシーンは絶景です。地名の由来は、稲穂を重ねたように見えるため。砂浜を見るとわかるのですが、良質な砂鉄が採取できることで知られ、古代にはこの地で製鉄がおこなわれていたと考えられています。1333年5月18日、新田軍は極楽寺口より攻撃を加え、21日には義貞自ら稲村ヶ崎の海岸を渡ろうとしましたが、当時の波打ち際は切り立った崖となっており、石が高く、道が狭小なため軍勢が稲村ヶ崎を越えられませんでした。そこで、義貞が潮が引くのを念じて太刀を投じると、その後潮が引いて干潟となったので岬の南から鎌倉に攻め入ったという伝説が『太平記』に記されています。ただし、近年において天文計算により、稲村ヶ崎の潮が引いたのは18日のことであったことが明らかになり、『太平記』の日付には誤りがあると考えられています。結核やコレラを発見したドイツの医学者・ロベルト・コッホ博士の記念碑は展望台にあります。コッホは1908年に来日し、極楽寺坂の付近に滞在していました。サーフィンのメッカとして有名であると同時に、海水浴場としても使用されてきましたが、近年、砂の流出が進み、2003年(平成15年)からは海水浴場としての使用は行われなくなりました。2000年に温泉が発見され、公園の反対側に「稲村ヶ崎温泉」があります。アクセスは、江ノ電稲村ヶ崎駅から徒歩数分か、公園の反対側に駐車場があります。
| 名前 |
稲村ヶ崎 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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天気はあいにく悪く、空も海もどんよりしていたが、休憩中にふと見ると江の島の姿がぼんやりと見えた。その静かな景色に心が落ち着き、短い時間ながらも印象に残るひとときだった。