大江広元を祀る、静謐な山あいの神社。
大江稲荷の特徴
鎌倉幕府創設期の大江広元公を祀る神社です。
社殿は小さいものの、整備が行き届いています。
定期的に訪れると、さらなる整備が感じられます。
社殿は小さいが整備が行き届いていた。塗り直しされて間もない様子の覆堂の朱色が鬱蒼とした森の中で目を引いた。説明も2箇所あり、親切さを感じた。
鎌倉幕府草創期に活躍した有能な官僚・大江広元を祀る。ひっそりとした小さな社で、広元に興味がなければ、わざわざ訪れる観光客もいない。ここ十二所は広元の屋敷があったと伝承される地で、稲荷の西の丘陵上には広元のものとされる墓石もある(稲荷から直接には行けない)。源頼朝の墓のある法華堂跡にも江戸後期に広元の子孫の長州藩主毛利氏が建てた墓があるが、あれは先祖顕彰のために整備したもので、少々あやしい。十二所の墓の方が信憑性がありそうだ。稲荷より少し南の滑川左岸には広元の屋敷跡の石碑も建っている。
先日、お参りしたばかりなのですが、初午の日に、御朱印が授与されると聞いて訪ねました。大江稲荷の御神体は、いつもは明王院に預けられ、御朱印のお知らせも明王院のホームページに書かれていたので、まずは明王院を訪ねたのですが、御神体は、すでに神社へ移され、御朱印も神社で氏子の方が配るとのことでした。さっそく大江稲荷へ向い、御朱印を頂くことができました。まだ、時間も早く、祭礼の準備もこれからという状況でしたが、氏子の方々にとても親切に対応して頂きました。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を見て、大江広元のファンになったのですが、ますます好きになりました。ーーーーー昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の和田合戦で、大江広元が実朝の代りに、敵兵ひしめく政所へ髑髏を取りに行くシーンがありました。元貴族の文官ということで軟弱なイメージがありましたが、敵兵との立ち回り、太刀さばきが素晴らしく、思わずファンになりました(御本人がどうだったかは分かりませんが)。ということで、ドラマで紹介していた大江稲荷へ是非、お参りしてみたくなりました。大江広元は、源頼朝が鎌倉幕府を開いた際、政所の初代別当 (長官)として、頼朝の右腕を勤めた人物なのですが、それにしても御祭神が大江広元自身というのは、凄いですね。よほど行政手腕が巧みで、人々から慕われていたのでしょうか。御利益にあやかりたいものです。
鎌倉殿の13人て注目の大江広元を祀った神社ですが、規模も小さく、特に見るべきところはない。
大江広元公木像を祀る。
久しぶりに行くと、以前より整備されていた。
鎌倉幕府創設期に活躍した大江広元を祀っているそうです。大江広元の子孫は、宝治合戦で三浦氏についてしまった為、滅亡しかけますが、1人が生き残って毛利氏となりました。つまり、大江広元は中国地方の毛利氏の先祖にあたります。
頼朝の側近だった広元を祀る小さな神社。ほとんどの人は気づかない。
鎌倉の東端十二所地区の山あいにある。小さな社。源頼朝の政治行政を支えた大江広元が祀られている。背後に山を背負いなんの飾り気のない風情が逆に趣がある。
| 名前 |
大江稲荷 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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大江広元を祀った神社です。意外と規模は小さいですが、このあたりに大江広元の屋敷跡があり、近くにお墓もあるそうです。大江広元は毛利の先祖です。大江広元を知らない人はなんのこっちゃでしょう。ここに来る方は歴史のマニアックな方か地元の人でしょう。観光でわざわざ来る方は少ないと思います。