上山城の隣、藤井松平を祀る。
月岡神社の特徴
上山城隣接で歴史的雰囲気溢れる神社です。
御祭神は藤井松平利長公と信一公です。
駐車場からは街並みが一望できる素敵な場所です。
2023.02.06上山城とともに訪れておきたいと訪問、細めの路地を登ったとこにある第1広場駐車場も清潔なトイレが備えてあり便利。シンプルなお社に反し、どことなく可愛らしさがちりばめられており、手水舎、装飾、さらには御朱印がキュート。とくに手水舎にあった手水の作法案内に描かれた女の子、今時見ない重要文化財的な衣装を纏ったイラストはもはやシュールさすら覚える。良縁祈願として縁結びが期待できるらしい。
静かな場所です。近くの上山城に登った方達がよく見えます。御朱印は書き置きで自分で日付を書く形でした。
2023年8月15日に参拝しました。元禄10年1697年藤井松平氏は、備中庭瀬から上山藩に転封となりました。藩主松平信通は、上山城本丸に東照宮を建立し、祖先の利長・信一公の神霊を合祀しました。明治維新となり、藩主の上京が決まると東照宮は、東京の松平氏邸に明治4年1871年に奉遷されました。明治10年1877年に月岡神社となり、利長・信一公の二柱が祀られています。翌明治11年1878年に新社殿が落成しました。
御朱印は本殿の中の賽銭箱に上に書き置きが置いてあり300円で頂きました。
駐車場は隣接している上山城の駐車場のほかに神社前に停めてもOK(神社に行くには急な坂道を上るので冬はスタッグやスリップに注意!)ここのお守り買ってから事故らなくなったので毎年初詣に行きます。前の年のお守りや御札のお焚きあげも無料で引き受けていただけます(感謝)
御朱印頂きました。上山城の隣にあります。散歩するのに良いね。
藤井松平利長公、藤井松平信一公を御祭神に、上山の総鎮守・産土の守護神としてお祭りしております。近隣には上山城を仰ぎ、上山城郷土資料館もすぐ近くにございます。元禄十年(一六九七)藤井松平家七代の信通公が備中庭瀬から上山城主に転封になり、信通公城内本丸に東照宮を建立し、併せて祖先の利長公・信一公の神霊を合祀し、徳川の恩義を追慕し、祖先の遺徳を仰ぎ藩士一同厚く崇敬した。明治四年(一八七一)廃藩の際、東照宮は旧藩主の上京と共に東京の松平氏邸に奉遷され、藩祖利長公・信一公の神霊は湯町に鎮座する日枝神社に奉遷された。明治十年(一八七七)旧本丸に壮麗な社殿を建立して松平家祖先の利長・信一両公の神霊を奉遷座し、報恩の誠を尽くし、永く上山の鎮守神と仰ぎ、産土の守護神として祈願すべきとの議起こり、同年六月神社の建設を願い出、同年十月許可を得て月岡神社と称した。明治十一年九月神殿落成、同月十五日、日枝神社より奉遷座した。明治十五年五月村社に列せられ、明治四十年八月鶴脛町内に鎮座の九社を合祀。明治四十三年五月神饌幣帛料供進神社に指定された。大正二年稲荷神社を合祀。
6月の上旬に伺いました。新緑も栄え静かなところです。上山城の隣であり、上山城第1駐車場に駐車し伺いました。コロナ禍の為でしょう、本堂正面の扉を開けお賽銭箱と御朱印の箱がありました。お賽銭と御朱印代を治め、御朱印をありがたく頂きました。隣の月岡公園も静かで眺めもよく、休み場所もありいいですね。
月岡神社⛩御祭神、藤井松平、利長公、信一公をを祭る神社⛩です。境内には、土岐頼行公が上山藩主として、入部した寛永五年の由来する土岐桜🌸などの歴史が残る。沢庵和尚の関わりなど、史跡が残る。
名前 |
月岡神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
023-672-2636 |
住所 |
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HP | |
評価 |
3.8 |
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上山城内にある神社です。神主さんは常駐はしておらず、御朱印は書き置きセルフサービスでお賽銭箱に支払う仕組みです。上山市街を見おろす場所でもあり、ここが当地の守り神であったのだなと妙に合点する。