急登に挑んで出石の絶景!
有子山城跡の特徴
出石登城からの険しい階段が待ち受けているので要注意です。
主郭の標高321mからのすごい景色をぜひ堪能してください。
約950mの急峻な道のりは本格的な登山に思えるので装備を忘れずに。
出石城跡は訪問していましたが、有子山城跡を逃していたので、再度チャレンジしました。麓の市営駐車場に入り、有子山登山口よりも出石城跡経由のルートでいいことと、雨で足元が滑りやすい事を管理人さんに教えていただき主郭を目指しました。案内看板は整備されていて、一人でも安心でした。途中でオオスズメバチに遭遇しましたが、刺激しない様、足音を忍ばせて通過しました。(山頂まで700m付近)山行は急傾斜が続く為、トレッキングシューズとストックが必要です。
登山道まで階段を上がり、更に登山口から急登を1時間ぐらいで山頂に着きます!中々の急登なのでスニーカーをおすすめします!滑る為、登り慣れてない方はやめた方がいいでしょう。城跡や景色がとても良く城下町を見渡せます♩
出石登城から片道1時間、険しい階段を登ればすごい景色があります!森の中なので夏場も日差しがなく、頂上まで登れます!雨の次の日などは滑る可能性があるので、シューズなど要注意です。
主郭(山頂)は標高321mの位置にあり、登り口から山頂までは約950mの急峻な道のりです。登山靴を履いて、歩幅を小さくして一歩一歩ゆっくり登りました。山頂からの眺望はとても良いです。
続・百名城にも選ばれた但馬最大の城1574年、但馬守護山名祐豊が有子山山頂(標高321m)に築いた東西740m、南北780mもある大城郭である。主郭を中心に三方向に延びる尾根に放射状に曲輪及び堅堀・堀切を配置した、堅固な山城となっており、まさに但馬の王者(但馬守護)の居城に相応しい「獅子の山城」であったといえよう。山名時代は土の城だった有子山城だが、1580年に羽柴秀吉により落城した後、城主となった羽柴秀長により石垣の城へ改修される(野面積み)。この野面積みの有子山城築城をした人物は藤堂高虎である。以後、1615年に一国一城の令により廃城となるまで使用されたようである。鳥居郡のある階段を登り、そこから登山道へ入ります。登頂までは980メートル標高321mの決して高い山では無いが、残雪があり、登り切るのが結構大変でした。標高が同じなら普通の登山の倍きついと思った方が良いでしょう。残980mの標識→残850mの標識→残720mの標識→残500mの標識→残240mの標識→第七八九十曲輪があった場所の横手→侍屋敷があった第五曲輪→矢倉丸があった第四曲輪→蔵屋敷があった第三曲輪→矢倉二つあった第二曲輪→主郭の順に進む。第五曲輪辺りから雪が積もっており、厳しい登山となりました。登山靴がびちゃびちゃです。東西135m、南北50mにも広がる千畳敷は素晴らしい。但馬地域では最大の曲輪だそうです。本丸と千畳敷を隔てる大堀切も但馬地域最大の堀切。有子山城址から出石の町を一望出来、天気も良かったので最高でした。出石川を観られるのもまた一興ですね。下りは雪で滑る分、登りよりきつい下山となりました。それでも登る価値ありです。出石城址だけ観に行くのは非常に勿体ない。
片道1時間あまりと聞いていたので、ハイキングのつもりでスナック感覚で行ったら…マジの登山だった…😢決して半袖・短パンなんかで行ってはいけません🙅!トレッキングシューズ(激)推奨。ランニングシューズやスニーカー類では滑ります※行けないことはないけど、慎重に!要注意です。とくに雨後や降雪後は泥でぬかるんだり、濡れ落ち葉で滑ったりで、かなり危険です。行きより、帰り(同じルート)の方が神経を使いました😅。ところどころに登山補助のために虎ロープが張ってありますので、それを使いながら登り(下り)ました。その際には軍手(滑り止めつき)がかなり役立ちました。登城後、眼下に広がる出石の街並みや円山川は穏やかで素晴らしい景色でした。(山頂でのお弁当も美味しかった〜!)石垣の保存状態もよく、一見の価値ありです。「織田軍勢はどんな思いで城攻めしたんだろう…」などと考えながらの有子山城址登城は、出石の新しい観光スポットになることでしょう♪運動不足の方はぜひ一度行ってみては如何でしょうか?www
出石城の奥の登山口より登城することになる。かつての登城道は山崩れで通れないため新しく整備された道だがひたすら急勾配の坂を登ることになる。心が折れそうなくらいのきつさだが残り500mとなる北第六曲輪から道もなだらかになり楽になる。主郭からは出石の町並みを一望できそれまでの苦労が報われる主郭周辺は豊臣期に総石垣となっており見事だが今の時期は草も多く、遺構保護のためネットやマットで保護されてやや見にくくなっている。石垣が特徴的な城だが複数巨大な堀切も見られかつての土の城としての痕跡も見ることが出来る。
| 名前 |
有子山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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山名氏城跡(有子山城跡)は、兵庫県豊岡市出石町にある国の史跡です。この城は、室町幕府の有力な守護大名であった山名氏最後の本城として知られています。歴史天正2年(1574年)、山名祐豊がそれまでの本城であった此隅山城に代わって築城しました。落城した「子盗」(このすみ・此隅)という名前を嫌い、「有子」(ありこ)と命名されたといわれています。天正8年(1580年)、天下統一を目指す織田軍(羽柴秀吉軍)によって落城し、山名氏による但馬支配は終わりました。その後、織田系の大名が城主となりますが、江戸時代に入るとふもとに出石城が築かれ、有子山城は廃城となりました。