洲崎川緑道の歴史を感じる量水塔。
深川量水塔の特徴
洲崎川緑道に佇む歴史ある量水塔です。
埋め立て前の水量測定の役割を担っていました。
近隣の公園との調和が魅力的なスポットです。
洲崎川緑道にある量水塔です。---量水塔とは、河川やダムなどの水位を測定するために設置される施設で、水位標とも呼ばれます。具体的には、水位を計測するための目盛りが付いた板(量水板)と、それを支える柱から構成されます。
かつてこの緑道公園を埋め立てる前に存在した洲崎川の水量を測るために存在したと思しき量水塔。洲崎には昭和33年まで遊郭があり、積極的に掘り返したい歴史でもないためか謂れを示す掲示板等は何もありません。永代通りから住宅の隙間を通ってこの場所に続く道の脇に、今もひっそりと立っています。
| 名前 |
深川量水塔 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大正6年10月(1917)の台風(東京湾台風)による高潮災害があっため、防波堤設置に併せて洲崎川に設けた水門にこの量水搭が付設された。当初、江東市民に海水位を知らせるためのものであった。大正7年に竣工したが、大正9年(1920)に検潮係から、量水搭の目盛りに歪みが生じているとの報告があり、精査した所、水門も防波堤も沈下していた事が判明した。洲崎弁天町は遊郭のために明治19年頃(1886)~22年頃(1889)に埋め立て竣工されたもので、地下水を汲み上げる工場等は一切ないが、昭和9年頃(1934)までの約50年間で7尺(約2m)沈下していたとのこと。「大八幡楼」という遊郭で、鉱泉を出そうとボーリング調査を行った。600尺(約180m)まで掘ったが、泥土と砂混り層の互層であったため諦めたとの記録があるとのこと。江東一帯は利根川の沖積地であり、この辺りは人工的に埋められた土地である。そのままでも、自然に沈下する土地なのに、埋め立てによって急激に載荷重が負荷されたため、沈下作用を惹起しているもので、地下水の汲み上げとは関係の無いものである。詳細は、当時の東京市河港課・設計主任であられた菊池山哉氏「地史から見た地盤沈下」(「水利科学7巻3号」水利科学研究所)をご参照ください。(ちなみに量水搭を設計されたのは、前述の菊池氏です。)