昭和4年築の愛らしい水塔。
野方配水塔の特徴
大正時代の面影を残す、レトロな外観が魅力的です。
哲学堂公園に近く、地域のシンボルとして親しまれています。
現存する最古の配水塔で、防災用としても重要な役割を果たしています。
野方配水塔は、昭和4(1929)年に建てられた、高さ33.6m、貯水量約2,000トンを誇る配水塔です。関東大震災後の急激な都市化による水の必要性から建造。多摩川から水を引いた荒玉水道の水を、各戸に配水する目的があったそうです。昭和40(1965)年にその役割を終えましたが、東京発展の象徴としてその功績が認められ、国の登録有形文化財に指定されています。配水塔の中に入ることはできませんが、水の塔公園から、その外観を見上げることはできますね(首が痛くなってしまいますが・・・)。備え付けの看板には、先の戦争で受けた弾丸のあとが残されている明示がされていましたが、肉眼ではちょっと・・・、わかりませんでした。壁面は明らかに塗り直されていますので、外観上では保存状態は良く見えますね。※最後の投稿写真は、中野区立歴史民俗資料館に展示されている、野方配水塔の模型を撮影したものです(比較・参考用として)。
昭和4(1929)年竣工の野方配水塔。空襲から生き延びた堅牢な建築物。
遠目に見える水の塔。公園になっているので緑地化が進み、生い茂る木々の隙間を縫って存在感を示していました。維持管理のための改修塗装が施された様子です。見た目はきれいになっていたみたいですが全体的な印象に影響を与えている感じはしませんでした。弾丸の跡が残るということでキョロキョロ探してみましたが削れたとこがそうなのか、よくわからなかった。遠目には塗装と一体化して全くわかりません。望遠のよいカメラが必要ですね。幼稚園側の方がよく見えると思います。真下に行くと首が疲れるだけでした。
灯台下暗しで拝んでなかった野方の配水塔。妙平寺沿いのダイナミックな勾配の縁にある。バス停の名前にも幼稚園の名前にもなっている。階段塔が立派。肝心な正面は幼稚園に塞がれているが、周りが公園になっているだけでもありがたい。鉄筋が剥き出しになってるオブジェはいつ造られたものなんだろう。
哲学堂公園に行ったので、旧野方配水塔に寄ってみました。以前、新井薬師さまにお参りした時にバスの窓越しに見かけて気になっていたんですよね。関東大震災後、東京市に隣接した町村の水の需要に応じるために13の町村が合同で設立した荒玉水道の給水場に造られました。高さ33.6mで基部直径が約18mの鉄筋コンクリート造。設計は近代上水道の父、中島鋭治博士です。着工は1927年で1966年まで使われていました。解体計画もありましたが、災害用給水槽として使われ続け、現在は国の登録有形文化財として保存されています。みずのとう幼稚園ごしの姿もカッコイイ。地域のランドマークなんですネ。
せっかく見に来たのに、改修工事中だった…。12月なんて、僕その頃まで生きているかどうかすらわからないよ。でも、今回は仕方ないかな。ネットのどこを見ても、改修中だという情報は見つけられない。まあ、別に観光スポットなわけじゃないから仕方ない。
大正時代に山の手地域の人口が急増した事を受け、昭和4(1929)年に完成した配水塔です。多摩川の水を砧(世田谷区)から野方(中野区)、大谷口(板橋区)に送水するために、荒玉水道という地下水道管が敷設されました。野方配水塔は、塔の中に水を溜め、水圧による自然効果によって各戸への配水を行う仕組みとなっておりました。高さは約34m、直径約18mの塔は約2000トンの水を貯水する事が出来たという事でした。昭和41(1966)年にその役目を終えましたが、現在は国の登録有形文化財に指定されております。また、太平洋戦争の空襲における弾痕が残っているため、中野区の平和史跡に指定されています。私が訪れた時は外壁の補修中だったため、その全容を見ることは出来ませんでしたが、かなり大きく、偉容を備えていました。2000トンの水を貯水できる堅牢な構造だからこそ空襲も生き延びられたのかもしれません。ただ、公園を見る限りでは、工事中という事もあってか配水塔に関する説明は何一つなく、中野区のページやwikipediaを見て詳細な情報を得る事となりました。
中野区立水の塔公園の中にあります。配水塔を眺めることしかできず、物足りなさがあり。内部も見学できるようになるといい。
仕事でバスを利用する際に、面白いバス停の名前だな、と思っていました。バス停の名前は水道タンク前。調べると1966年までは地域の配水塔として活躍、1972年から災害時の貯水タンクとして運用してるとの事。(wikiです)遠目で見ても大迫力。巨大な灯台みたいな佇まいは先人の技術の高さを素人ながら感じます。
| 名前 |
野方配水塔 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3228-8731 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/kurashi/bunka/bunka/torokubunkazai/nogatahaisuito.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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大正時代の意匠のなごりのある昭和時代初期に建てられた給水塔です。現在はクリーム色の綺麗な外観ですが、昭和50年代頃までは建てられた当初そのままのコンクリートグレーで、塔の周りは公園というよりも雑草の生い茂った水道施設でした。塔の東側にある入り口は現在とは異なり木の格子戸でノブは丸い真鍮製でした。経年劣化のために格子戸のガラスの落ちた枠から少しだけ塔の中を見ることが出来ました。正面はコンクリートの壁で手前に階段があり、古いビルの階段室のようでした。同型の大谷口(オオヤグチ)給水塔は20年くらい前までは当初の外観でアヴァンギャルドな双子給水塔の原形を知る参考になっていましたが、今は建て替えられ外観はオマージュになっています。建て替え前の大谷口(オオヤグチ)給水塔は野方給水塔よりも廃墟化が進んでいて近くで見ると入り口の格子戸は傾き外れかかっていたので中に入ってみた人もいたことでしょう。現在の野方給水塔の周りは公園ですが補修は間に合っていない状態で、特に丸い腰掛けが円形に並んでいる台の上の覆いが無くなり一見ギリシア·ローマの遺跡のようです。しかし、大きな木立があるため真夏でも涼しげに過ごせる時間帯はあります。訪日外国人観光客にも知られているのか、時折り外国人を見かけることはあります。野方給水塔や大谷口(オオヤグチ)給水所は多摩川土手横の世田谷区喜多見から杉並区桜上水および梅里辺りまで一直線に延びる荒玉水道道路に関連する施設で、地図でまっすぐな道路を確認することが出来ます。荒玉水道道路周辺には和田堀公園と善福寺川沿道などがあり、広い境内の大宮八幡宮や妙法寺を参拝することも出来ます。また、現代的な閑静さと山里の趣きをミックスした方南町から下高井戸までの神田川沿道や畑の遠望を楽しむことも出来ます。野方給水塔から北方向にはオシャレな赤煉瓦の外観の子供図書館があります。建物だけでなく館内の係員の人たちも普通の事務職の制服の係員というのではなく、洗練さがとても自然で服装等ヨーロッパ郊外の日常を描いた絵本の中から表れた人たちのように見えてしまいます。高台港湾地区にもなかなか無いようなセレブリティーをも満足させられる洗練された図書館でしょう。