江戸時代の信仰が息づく。
旧笹喜旅館(芝山仁王尊・観音教寺)芝山仁王尊門前の特徴
江戸時代から続く仁王様の信仰を感じられる建物です。
かつて旅籠や旅人向けの店が並んでいた歴史があります。
往時の参拝風景が浮かぶ貴重な文化遺産です。
昔の建物がありましたが、それだけの感じでした。中には入れません。でもノスタルジーを感じました。
貴重な建築物とは思いますが、かなり老朽化してますね。内部はガラス越しに伺うくらいしかできません。
歴史的建造物ですがかなり老朽化しています。史跡として保存は出来ないものでしょうか?
江戸時代に、火事泥棒除けの仁王様として庶民の信仰を集め、各地から参拝者が訪れるようになり、門前には旅籠や旅人向けの店も並んでいた。境内から東に延びる約100mの参道の両側には、1841年の境内絵図面に12軒、1893年の境内全図には11軒の旅籠が描かれている。現在も、笹喜・藤屋・西村の3軒の旅籠が残されている。現存する旅籠は、明治期に建てられたもので、成田空港の騒音移転の対象となったが、門前の景観を残している事から保存された。笹喜旅館は、木造二階建て。一階は間口七間、奥行き四間。ガラス戸九枚の店構えで、内部は土間の奥に板敷き大広間と料理場がある。二階の間取りは、六畳二部屋、八畳一部屋の三部屋。【現地案内板より抜粋】現存3軒の内、一番門前の雰囲気を残しているのが旧笹喜旅館。内部見学や、観光施設としての活用もして頂きたいところだが、保存してくれているだけで御の字。
2021年9月6日(月)に芝山町の街歩きで訪れた。往時の建築物が残っているのは嬉しい。👊😆🎵芝山町教育委員会設置の案内看板には、以下のように紹介されている。●芝山仁王尊観音教寺門前の参道と旅籠観音教寺は、江戸時代には火事・泥棒除けの仁王様として庶民の信仰を集め、各地から参拝者が訪れるようになり、門前には旅籠や旅人相手の店も並んでいた。境内から東に延びる長さ百mの参道の両側には、天保十二(一八四一)年の境内絵図面に十二軒、明治二六(一八九三)年の境内全図には十一軒の旅籠が描かれている。現在も境内より笹喜(佐々木)・藤屋・西村の三軒の旅籠が残されている。現存する旅籠は、明治四二~四三年ころに建てられたもので、成田空港の騒音移転の対象となっが、門前の景観を残していることから保存された。旧笹喜(佐々木) 旅館木造二階建て寄棟・桟瓦葺)。一階は間口七間、奥行四間。ガラス戸九枚の店構えで、内部は土間の奥に板敷き大広間と料理場がある。二階の間取りは、仕切りの六畳・八畳 六畳の三部屋である。旧藤屋旅館木造二階建て(切妻・トタン平葺)、間口七間、奥行四間の母屋は現存していない。離れとその玄関、庭の一部が残されている。田西村旅館木造二階建て (入母屋・桟瓦風新建材葺)。一階は間口五間半、奥行四間半。 北側と西側にそれぞれガラス戸四枚(各二間)の店構えである。
名前 |
旧笹喜旅館(芝山仁王尊・観音教寺)芝山仁王尊門前 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.1 |
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往時の参拝風景が浮かんでくるような貴重で素晴らしい建物です。周辺の風景も雰囲気があります。