神秘的な霧の中、英彦山神宮の秋魅力。
英彦山神宮 奉幣殿の特徴
新緑の美しさが魅力で、爽やかに参拝できる場所です。
英彦山神宮神幸祭は、毎年4月に実施されます。
急な石段を下りる神輿が神秘的な体験を提供します。
久しぶりに参拝させて頂きました、新緑も良くて爽やかな気分になります。今回は僧侶の格好で権現様の前でお務めさせて頂きました。
雨の日だったので霧が出ていて神秘的でした。龍神様もいてパワーをもらえた気がします。
英彦山に御参りとなると皆さんはココを目指します。山頂にも御宮はありますが2024年現在老朽化のため工事中です2025年末くらいにまた登れると聞いています。昔に登った時、山頂の飲み物等商品価格が高く驚きましたが今はどうなんでしょうか。
今年は例年より暑く、紅葉の時期は遅めでしたが、最近あっという間に寒くなってもう冬を感じる様になり、急いで紅葉を見に行きました。奉幣殿までの階段は結構大変でしたが、良い運動になりました!景色も良くて空気も澄んでて最高!足腰に不安が無い方は歩いて登るのがおすすめです!少し休んだ後に、下りはケーブルカーに乗って景色を楽しみました!英彦山の周りの山も紅葉してて今年の短めの秋を感じる事が出来ました。駐車場のお金を払うところが少し分かりくいです。
表参道を登ったところに鎮座する神宮、立派です。スロープカーの駅から徒歩数分の場所にあります。掲示板や宮所などがあり、カフェも併設されていました。
たまたま伺いました際英彦山神宮神幸祭が行われておりました、毎年4月に三基の神輿が急な石段を下り、御旅殿に一泊し翌日また階段を上がるのだそうです!降りるだけでも本当に大変そうでした!素晴らしい光景を見せていただき大変光栄です!
英彦山の象徴的な建物で国の重要文化財に指定されている。通常、英彦山に参拝すると言う場合、こちらに参拝することを言う。参拝者のほか登山者にとってもこちらが拠点となる。参拝、休憩する登山者も多い。2005年にすぐ下までスロープカーが開通し、高齢者をはじめ、これまで英彦山参拝を躊躇していた人もかなり楽に行けるようになった。境内は凛とした空気、荘厳さが感じられる。
英彦山神宮1616年小倉藩主、細川忠興公の寄進。亡妻、玉(ガラシャ)の17回忌に寄進されたと一説に語られる。一際大きな奉幣殿を拝礼すると、その大きさに忠興公の並々ならぬ思いを感じる。丹色が印象的です。
英彦山は奈良時代の 医僧法蓮 の入峰以来、日本屈指の霊山として、出羽の羽黒山、熊野の大峰山と並ぶ日本三大修験道の霊場の一つとして栄えた。【 英彦山神宮の奉幣殿 】英彦山神宮の奉幣殿は国指定重要文化財であり、かつての英彦山霊仙寺大講堂として英彦山の山岳修験道の中心的建造物だった。現在の建物は元和 2年 (1616年) に当時の小倉藩主細川忠興公によって建立寄進されたもので、朱塗りの柱やこけら葺きの大屋根が常緑の杉の緑に映え、深山の雰囲気に絶妙にとけ込んでいる。桃山建築様式で、細川忠興公による再建以後は、小倉藩主によって修復されている。【 英彦山スロープカー 】英彦山神宮には300段以上の石段を登るか、スロープカーを使う。スロープカーは、英彦山神宮へ続く参道沿いに、参道の起点となる銅の鳥居横の幸駅から、英彦山花公園を経由して、参道終点の英彦山神宮奉幣殿の神駅に至る全長849mを昇る。花駅で車両を乗り換える。【 杉田久女の句碑 】昭和6年 (1931年)、高浜虚子が選者を務めた日本新名勝俳句で、帝国風景院賞 (金賞) に選ばれた杉田久女の有名な句は、英彦山を詠んだものである。谺 (こだま) して 山ほととぎす ほしいまゝ奉幣殿の手前の参道左側にその句碑がある。当時、久女は小倉に住んでおり、久女は「ほしいまゝ」の言葉が思い浮かぶまで4度も英彦山に通い、神秘的な境地のなかで着想を得た。英彦山の霊気の中で谺する山ほととぎすの声が玲瓏として響いてくるようである。【 英彦山がらがら 】英彦山がらがらは、国内でも最古の約800年の歴史を持つ土鈴で、素焼きならではの素朴なガラガラという音色が特徴。文武天皇が英彦山に奉納した鈴が由来とされ、戦乱の際に 土に埋めた鈴の複製を参拝者に分けたことが起源とされている。現在は家の玄関や門前に飾られる魔よけとして、また田畑の水口 (みなくち) に埋め、災害を避けるためのお守りとされている。
| 名前 |
英彦山神宮 奉幣殿 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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英彦山神宮の石段と山一帯の神聖な空氣感がとても良い。久しぶりでしたが良い天候にも恵まれ、ハイキングをされている方との会話の時間もあり貴重な時間を過ごさせて頂きました🙏