昔の風情が漂う歴史の史跡へ!
名前 |
竪川専用橋と竪川人道橋の歴史 |
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ジャンル |
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住所 |
〒136-0071 東京都江東区亀戸6丁目1−15 コロネード日馬 |
評価 |
5.0 |
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とても昔の風情を感じることができる史跡。往時の写真もあり、都電線路が良く再現できていると思います。案内板よりかつてこの場所には、路面電車が走るための『竪川専用橋』が水神森〜大島間の開通に合わせ、大正十年一月より設されていた。当初の運営は大正二年十月に設立された城東電気軌道株で、昭和十七年二月に東京市営、同十九年七月に都営となった。ところが、昭和二十年の大空襲により甚大な被害を受けた。しかし復興に努め、昭和二十四年には区内全域が開通した。『チンチン電車』と呼ばれて親しまれ、便利だった都電も昭和三十年代の高度経済成長政策の頃から、自動車交通の急激な発達により道路が渋滞し、輸送力低下による赤字決算の連続となった。その結果、昭和四十七年、区内全線が廃止された。そして、昭和五十年、この橋は歩行者専用橋として改修され『堅川人道橋』と呼ばれるようになり、同五十四年、橋の南北の軌道敷は緑道公園に生まれ変わった。以来、この橋は平成7年の景観整備工事にて都電をモチーフに修景され、地域の歴史を伝えるモニュメンタルな橋として地域に親しまれてきたが、老化が進んできたこともあり、竪川河川敷公園の大規模改修に合わせ一体警備されることとなり、平成23年に橋は撤去され、現在の姿となっている。なお、モニュメントのレールの一部は「25 系統』の戸九丁目で使われていたものを再使用しており、車輪は当時の写真等を参考にオブジェとしてデザインされたものである。