数少ない吉原遺構を訪れて。
吉原が埋立である一つの証拠かも知れないですね。
遊女が逃げられないように作られたという石垣の名残。どぶ川がここを流れていたのだろうと想像するともの悲しく感じます。
鬼滅の刃の遊郭編にて登場したきっかけで入りました。歴史に残る風情があって良いです✨
数少ない吉原遊郭の遺構が残されている場所になります。石組みが僅かに残されているだけですが、石組みの上の土地の高さと下の道の高さを見比べると石組みの下の道路が堀であったことが想像できます。吉原遊郭は横が約330mで奥行きが約250m弱の四角い形をしていました。その周りを創業時は約9m幅の堀と塀で囲い遊女が逃亡しないようなつくりになっていました。堀の幅は時代とともに狭くなっていき、江戸時代の末期から明治初期にかけては3.6mになり、明治終盤には約90cmにまで縮小しています。また、お歯黒どぶの名前の由来は遊女達が使ったお歯黒をこの堀に捨てたことから「お歯黒どぶ」と呼ばれたそうです。大河ドラマ「べらぼう」の人気もあり、多くの方が見学されていました。
江戸時代、幕府公認の巨大遊郭「吉原」、明暦の大火後、日本橋からこの地に「新吉原」として移転。千束という葦が生える湿地帯であった地を整備し、条里のような碁盤の目「郭」状に場内を配置。その外郭四方を囲むように、堀のようになっていた溝、どぶ。5間(約9m)の幅があり、汚水が流れていて遊女の逃亡を防いだ。内側には塀があった。非常用にハネはしがあったよう。現在は埋めら一段下がり道路になっている。
遊女が逃亡するのを防ぐために作られたという水路の石垣跡です。今はわずかにしか残されていません。地理的感覚がよくわからないのですが今道路などになっているところが丁度水路だったということでしょうか?
名前 |
吉原 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.7 |
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お歯黒溝の数少ない遺構だそうです。