交野の私部城跡で土塁の美しさを体感!
私部城跡(交野城跡)の特徴
河内の武士・安見氏の居城跡で歴史を感じられます。
土塁や水壕が美しく残っており、保存状態が優れています。
住宅地にある曲輪と空堀に驚かされる貴重なスポットです。
戦国時代のつわものどもがゆめの跡です-☺️
戦国時代の河内の武士・安見氏の居城跡。現在石碑などが建っているのは本郭の南西隅にあたります。これとは別に北西に二郭と呼ばれる城跡があり、その間の堀跡も残っているようです。城郭の中枢部は失われてしまっているうえ、城跡に立ち入ることもできないので、史跡としては少し寂しい感じです。
いが栗割り&栗ひろい合戦に参加させてもらい、ベンガラ染め体験もさせてもらいました♪良い体験をさせてもらいました(^_^)
きさべじょうし。別名交野城。室町時代に築かれた河内の豪族安見右近の居城。2020年(令和2年)交野市指定史跡として二郭と本郭の一部が指定されました。織田信長が石山本願寺との合戦で大坂進出をはかる際、一定の役割を果たしたと見られています。現在は畑や田の中に3つの高まりが残るのみ。これが曲輪(くるわ)跡であり、小字で城、天守と呼ばれています。付近に宅地が迫りますが、大阪の平野部に残る中世平城としては貴重な遺跡です。この城域の大半は、当時勢力のあった光通寺域だったとみられています。写真2は本郭と堀跡の田んぼ(深い泥沼)。(交野市星のまち観光協会ガイド担当)
国人領主安見氏城館跡土塁・水壕・空壕・郭跡が残存。現在城跡は1-3m高くなっている本丸、二の丸、三の丸と呼ばれる曲輪と、想善寺が出曲輪だったと思われる部分が確認できる。それ以外に昭和後期までに東側に1か所、北側に3か所の曲輪があったが、現在は宅地化され破壊されてしまったようである。主曲輪から北側には免除川が流れており、おそらく外堀の役割を果たしていたと思われ、交野城の北限と考えられている。主曲輪と免除川の間にはいくつかの曲輪があったと推定されているが、これらは屋敷跡ではないかと思われている。また南側には水堀跡の名残と思われる池が3か所があったようであるが、今は埋め立てられている。
住宅地でこれ程の曲輪、空堀が残っているのは驚かされました。
土塁もしっかり残っているので保存やアナウンスにもう少し力を入れていただいたら😃
土塁が美しく残っています。個人の所有地になってしまっている部分も多く、遠くから見るしかない場所もありますが、本当に見事に「土塁!」でした。戦国好きには堪らない。本郭の上に天守が見えたような気がしました。駐車場は近隣のコインパーキングを利用しました。
主郭付近北半分良好に残る。
| 名前 |
私部城跡(交野城跡) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
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本郭の土塁が確認できます。駐車場はありませんので近くのコインパーキングに止める必要があります。