加藤清正公を祀る覚林寺。
覚林寺の特徴
加藤清正公を祀る最正山覚林寺、威武覇気のあるお寺です。
毎年GWに開催される清正公祭りが魅力的な寺院です。
山手七福神巡りの毘沙門天に位置し、御朱印も素敵です。
付近の住民から「清正公さま」と呼ばれている日蓮宗のお寺です、寛永8年(1631)年に開創されたそうです、第一京浜と目黒通りに挟まれた喧騒の場所ですが、境内に入ると落ち着いて過ごせました。御朱印も直書きで丁寧にご対応いただけました♪
最正山覚林寺様。日蓮宗のお寺。通称清正公。広い境内に大きな堂宇。加藤清正公を祀る清正公堂が本堂よりも立派な感じです。「清正公堂及び山門」が港区指定有形文化財。授与所にて御首題と御朱印拝受。御朱印の見本には書き置き対応とありましたが、どちらも直書きしていただきました。2025年7月21日訪問。
この地はかつて熊本藩主・細川家の中屋敷でした。開山した日延上人は、加藤清正が朝鮮出兵の際に連れ帰った元朝鮮王族とされ、後に仏門に入り覚林寺を開創したと伝わります()。弘化2年(1845年)に火災で全焼し、山門は安政3年(1856年)、清正公堂(拝殿・幣殿)は慶応元年(1865年)に再建されました。これらは港区指定有形文化財に登録されています。
港区白金台。1631年創建。本尊は釈迦如来。このお寺を創建した日延上人は朝鮮出身で、第14代朝鮮国王・宣祖の長男・臨海君の子です。彼は豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、加藤清正によって日本(熊本)に連れてこられ、清正も信仰していた法華経に入信し、博多で得度したと言われています。このお寺は日延上人の隠居寺として創建され、日延上人は加藤清正への恩に報いるために、彼の位牌と像を祀る清正公堂を建てました。以降「白金の清正公さま」と呼ばれ、勝負祈願のお寺として親しまれています。お寺は1845年に全焼してしまいましたが、1856年に山門が、1865年に清正公堂が再建されました。清正公堂は、本殿・拝殿・幣殿を一体化した権現造の構造で、山門とともに港区指定有形文化財に指定されています。
【巡礼/御朱印巡り】◉寺社 覚林寺 📍東京都目黒区白金台名将加藤清正ゆかりの地で白金の清正公さまと親しまれている「覚林寺」さんへ参拝しました。9時21分に参拝。🛕最正山覚林寺☆山号 最正山☆寺号 覚林寺☆宗派 日蓮宗☆御本尊 釈迦牟尼(シャカムニ)☆沿革小湊誕生寺十八世可観院日延が開山し寛永8年(1631年)に創建したとされています。可観院日延は李氏朝鮮(朝鮮半島に存在した国)の王族で豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に加藤清正によって日本に連れてこられた人物である。当寺は加藤清正を祀った清正公堂が著名で、毎年5月(4〜5日)両日に行われる清正大祭には人生の苦悩に打ち勝つお守りとして「しょうぶ入り御勝守」が授与されるという他、軍神の毘沙門天を祀っており山手七福神の一寺となっています。☆清正公堂拝殿・幣殿・本殿からなる権現造形式。拝殿は間口3間奥行3間、幣殿は間口1間奥行3間。本殿は土蔵造で明治中期頃の再建と考えられますが、伝統的な意匠をもちます。権現造の本殿部分を土蔵造とする権現造りで、近世の建物構成を継承した建物です。拝殿・幣殿は本格的な禅宗様形式を採用し、本殿も伝統的な意匠を引き継いでおり、近世以来の技術の到達点を今に伝えるものとして高く評価されます。🍙境内説明板覚林寺の境内には多くの「○」を見る事ができますがこれは「蛇の目紋」という家紋になり、加藤清正が用いた事で有名です。☆元祖山手七福神巡り目黒区と港区にまたがる約5Km程のコースで所要時間2時間ほどの気軽に回れるコースとなっており、七福神の一員で四天王の武神といわれる毘沙門天(ビシャモンテン)が祀られています。◇御開帳毎月1日と15日。◉感想/ルート白金高輪駅方面から桜田通り(国道1号)を進むと都道312号の分岐を左側に向かってすぐ右手側に「覚林寺」はあります。山門より先に駐車場入口がありますので車での参拝ではこちら側から入り停めるようにしましょう。ビルの谷間にある落ち着いた雰囲気の境内は綺麗に管理されており、ゆったりと参拝する事ができます。山門は弘化2年(1845年)の大火で全焼し、安政3年(1856年)に再建、覚林寺境内において最も古い建築物となっています。木造・銅板葺の薬医門で両側に脇戸が付いており、山門の屋根には「蛇の目紋」を見る事ができます!山門を潜り境内中央には「浄行菩薩」が祀られており、菩薩様を水で清めると自身の煩悩を洗い注いでくださる水徳をお持ちの菩薩様です。左側には毘沙門堂と稲荷堂、右側に本殿、奥に「清正公堂」なっています。「清正公堂」は弘化2年(1845年)の大火で全焼し、慶応元年(1865年)に再建されたものです。金色に破魔軍と力強い文字の立派な扁額がありますがこちらは皇族である有栖川宮熾仁親王が書かれた物です。木鼻彫刻や獅子に龍などの精巧な木彫り彫刻も見応えがあります!覚林寺は元祖山手七福神の始まりまたは終わりの寺となっており、覚林寺から回れば「無病息災・長寿祈願」、反対側の目黒区瀧泉寺(目黒不動)から回れば「商売繁盛祈願」となっています。「清正公堂」右側に寺務所があるのでこちらで手書きの御朱印を快くいただきました。(不在時は呼び鈴を押すと良いです)ありがとうございました。◉所在地東京都港区白金台1-1-47◉アクセス東京地下鉄道(東京メトロ)/白金高輪駅出口1から366m、徒歩6分位。◉受付時間9:00~17:00
2025年3月28日08:30訪問:加藤清正公の位牌と像が祀られているお寺。桜田通り(国道一号線)と目黒通りが交わる角にあるお寺。境内は静かでした。山門も立派です。
とてもかっこいい御朱印、威武覇気のお寺です!やはり加藤清正を祀るお寺ですね!
最寄り駅 東京メトロ南北線白金高輪駅より徒歩10分拝観料は無料 トイレ無し山号 最正山宗派 日蓮宗本尊 久遠の本師釈迦牟尼仏札所等 元祖山手七福神(毘沙門天)この地はかつて肥後熊本藩主細川家の中屋敷であった。寛永8年(1631年)、誕生寺18世可観院日延の隠居寺として開山。日延は李氏朝鮮第14代国王宣祖の長男、臨海君の子であり、文禄・慶長の役の際に清正によって日本へ連れてこられた人物であった。加藤清正の位牌や像が祀られていることから清正公(せいしょうこう)と通称される。付近の住民からは「清正公さま」と呼ばれ、勝負祈願の寺として信仰を集めている。との事ですお寺に着く前に立派な石塔が有りますが平屋と電話BOXの間に有り分かりづらい境内もスッキリしており清正公堂が目につき立派で宮彫も見事です。この近辺には寺院が多く有り高野山東京別院など歩いて10〜15分の所に有り散策には楽しい。
東京メトロ南北線、都営地下鉄三田線の白金高輪駅出て5分ほど。清正公前交差点角にあります。賤ケ岳七本槍の一人、加藤清正が朝鮮出兵した際に連れて帰ってきた李氏朝鮮の王子が創建したといわれる寺院。清正が熱心に崇拝していたことから、これに倣って日蓮宗になりました。江戸時代には清正公(せいしょうこう)呼ばれ親しまれたとのこと。境内には髭題目の石碑や境内社などもあります。授与所の掲示板には御朱印や御守の見本があります。「御朱印は書き置きのみ」とありましたが、ご親切にも直書きしていただけて、ありがたかったです。戦の名人加藤清正のご利益から勝ち運が上がるかも。
| 名前 |
覚林寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3441-9379 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 9:00~17:00 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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日曜日の午前中に行きました。白金高輪駅から歩いて行きました。混んでいませんが、参拝客が途絶えない感じでした。加藤清正公で勝負運のお守りがあります。あるロックミュージシャンはツアー前に参拝して、ステージでもお守りを持っているそうです。