松平定信の菩提寺、江戸六地蔵参拝。
霊巌寺の特徴
清澄白河の中で一際敷地が広いお寺です。
松平定信の墓所があり、歴史を感じる場所です。
江戸六地蔵の巡拝スポットとして有名な寺院です。
老中阿部定信の菩提寺。清澄白河の地名を偲ぶ白河藩とのご縁を感じる。白河の清きに魚も住みかねてもとの濁りの田沼恋しき門をリニューアルして綺麗になりました。この辺りの寺はマンション経営になってる堕落した寺ばかりなのに、保育園を作るなど少しちゃんとしてる匂いがします。
松平定信公の墓参りに。想像より大きく立派なお寺でした。新しい建物が出来ていたようですのでまたぜひ伺いたいと思います。
半年前ですけど、渋沢栄一スタンプラリーなる企画でこちらに訪問しました。清澄白河駅からはほど近く、数件隣には江東区営の深川江戸資料館があります。こちらに渋沢栄一が私淑した、松平定信のお墓がありました。中は入れませんのでご注意を。
元々は、徳川家康公の求めに応じた雄誉霊巌上人により日本橋付近の霊巌島に創建されたお寺ですが、明暦の大火により霊巌寺が延焼し、その後、江戸の火事対策のために、霊巌寺に因んで霊巌島と名付けられた元の場所から深川に移されています。境内には、江戸六地蔵の第5番目とされる丈六の地蔵菩薩坐像をが安置されていますが、寛政の改革で有名な松平定信公の墓もあり、都指定の史跡として指定されています。また、今の霊巌寺がある近辺を「白河」と呼ぶのは、陸奥白河藩藩主である松平定信公の墓があることに由来しています。元の地名では霊巌島、今の地名では清澄白河と当時の影響力を感じます。今でも山門の建て替え中で深川を代表しそうな立派な門が建てられるようで楽しみです。
大きなお地蔵様は享保2年(1717年)と説明板に記載されていました。300年以上前から鎮座されているとのこと。歴史を感じます。
地下鉄大江戸線の清澄白河(きよすしらかわ)駅のA3出口を出て背中側にあります。寛永元年(1624年)、雄誉霊巌上人の開山により、日本橋付近の芦原を埋め立てた霊巌島に創建された明暦3年(1657年)、明暦の大火により霊巌寺も延焼。万治元年(1658年)に徳川幕府の火事対策を重視した都市改造計画の一環として、現在地に移転した。霊巌寺には、11代将軍徳川家斉のもとで老中首座として寛政の改革を行った松平定信の墓をはじめ、大名の墓が多く存在する。また、境内には江戸六地蔵の第5番が安置されている。との事です。江戸時代からのお寺さんですが本堂は近代的になっています江戸六地蔵はやはり大きいですね、台座に穴が開いてましたが江戸時代からの物なので開くと思いますがそのまま出来る限り元のままで残して置きたいですね。
松平定信の墓があるお寺です。
江戸六地蔵五番目の地蔵菩薩坐像が鎮座しています。また国の史跡として11代将軍徳川家斉のもとで老中首座として寛政の改革を行った松平定信の墓があり、またその容姿から、水死体=土左衛門の由来ともなった言われる成瀬川 土左衛門の墓があるそうです。 (生年不詳 - 延享5年6月6日(1748年7月1日))は、江戸時代の大相撲の力士)現在(2022.10)庫裏、社務所等建築中です。
友人の墓参りで 訪れる。 歴史や格式を感じさせるお寺で、 周辺は江戸の 名残を残しています。
名前 |
霊巌寺 |
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ジャンル |
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電話番号 |
03-3641-1523 |
住所 |
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評価 |
3.8 |
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清澄白河はお寺がたくさんあるのですが、その中でも一際敷地が広いお寺です。門構えからして立派で、ついつい入ってしまいました。